Innocent Dream (sea)

□金色
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久しぶりの夢だと、思った。
青くて、柔らかくて、ゆらゆらと注ぎ込まれる光。
魚が泳ぎ、謳う。どこまでもどこまでも泳げるような気にさえなった。
そんなところにきらっと光る柔らかい金色。懐かしい感じ。どこか落ち着く感じ。
「…?」
名無しさんは不思議に思いながら、無意識にその金色の方に惹かれていく。
(…まって…!)
その金色はやはりきらきらと水中を漂いながら、名無しさんから離れていく。

「¬¬………」
夢から覚めたんだな、と思った。
でもそれに気づいたのには少し間があった。目を開けた時に、夢の中で見た金色と全く一緒のものが一番に視界に入ったから。
「…っ!?」
それが麦わらの一味のサンジだと気づいた時には、もう布団を蹴飛ばしてしまっていた。
だが、その衝撃による反動で身体中に痛みが走る。
「……!!」
いきなり暴れたものだから、横でうたた寝をしていたサンジも眼が覚めるわけで。
「ん…。あ、起きたのか。」
金色がさらりと揺れる。痛みに悶えながらも素直に美しいな、と思った。
「…」
だが名無しさんは尚も黙ったままだ。警戒がとけるわけがない。そんな名無しさんの様子は想定内だったようで、サンジは気にせずに木材の椅子から立ち上がる。
「チョッパーに知らせなきゃな。あいつが一番心配していたんだ」
痛みが走るので動くことはできないが、名無しさんは必死にサンジの行く方を目で追った。
ドアを開け、そこから別室にいるチョッパーを呼ぶ。するとすぐに、人の足音ではない足音が早く近づいてきて、名無しさんの前に現れた。
「おおっ!よかった生きてて!」
チョッパーは嬉しそうに名無しさんの怪我の様子を見ながら笑顔をこちらに向ける。だが、名無しさんはというと、そのチョッパーの「生きてて」の言葉で一気に現実を知った。
そう、名無しさんはついに失敗してしまったのだ。
死ぬことも、殺すこともできないまま、ただの役立たずで生き残ってしまったのだ。
「…クソ…」
悔しさと、怒りと、情けなさとが名無しさんの唇を噛む原因になったのは言うまでもない。
「おいおい、第一声がそんな言葉だなんて、ダメだぞ。レ…」
「おい!サンジ!」
「っあぁ、…すまん」
サンジは咄嗟に口をつぐむ。名無しさんはサンジが何を言いかけたのかわからなかった。
「…何。」
居心地が悪いと感じた名無しさんはチョッパーとサンジを睨む。
「何って…。手当したんだよ。もう少しで死ぬところだったんだぞ」
「………んだよ」
名無しさんが小さく、低くつぶやく。よく聞き取れなかったサンジが、耳をこちらに傾けてきた。
「すまん、もう一度…」
「余計なお世話なんだよ!!!!!」
そう叫んでサンジに向かって刃を向ける。その拍子にチョッパーは驚いてどこかに行ってしまった。ネックレスとして隠し持っていた小さな刃。今はもうチェーンが千切られ、ただの刃になってしまった。サンジに飛び乗り、首に刃を突き立てる。身体中が悲鳴をあげ、真っ白だった包帯が赤く染まっていく。だが名無しさんは歯を食いしばり、嫌な汗を拭うこともせずにサンジを睨み続ける。
「今すぐ!!!!!!殺せよ!!!!!!僕を……っ!!!!」
サンジは驚きを隠せなかったが、自身の頬に滴った雫の原因を知ると、すぐに柔らかく微笑んだ。
「…泣いているじゃないか」
「!!!泣いてなんかねーよ!!!」
そう言いながらも刃を持つ手が震える。その震えで肩からさらりと滑り落ちた長く黒い髪。
それが誰のものなのか、理解するのに時間がかかった。
久しぶりにみるそれは、名無しさんにさらに追い討ちをかけるように、艶やかに揺れていた。
「…キャスケット…」
そして初めて自分の今現在の格好をみることが、もとい視界に入れることができた。柔らかい素材の、今は血で赤くなってしまったが、白いワンピース。そこから伸びた自身の不健康に細く、白い足が名無しさんから隠れることもせずに投げ出されていた。
もう、名無しさんにはどうすることもできなかった。ただただ頭が混乱して、感情も混在して、その場で顔を覆った。
「…もう、どうしようもない…。僕は…役立たずで…ただの死に損ないだ…」
カランと床に落ちる刃。サンジの上で泣いていたから、サンジは状態をゆっくり起こすと、静かに名無しさんを抱きしめた。
「っ!!!」
途端に体を固くする名無しさん。だが、サンジはなおも彼女の柔らかい髪の毛に指を滑り込ませて、優しく撫で続ける。
すると、名無しさんは少しずつ固い姿勢から、最終的にはサンジに完全に寄りかかる態勢にまでなり、嗚咽を小さく漏らしながら泣いていた。
もう、どれくらい泣いたのか覚えていない。
ただ、あの夢でみた金色が名無しさんを優しく包み込んだのは確かだということは、なぜだかわかっていた。



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