傍観者の干渉

□探偵の付き添い 前
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 江戸川は駄菓子のオマケの型抜きを。天宮は読書をそれぞれしている。そこにドアが開かれた。現れたのはとある調査員の妹。ナオミだった。

「乱歩さん? 乙女さん?」
「なぁにー?」

 間延びした声は江戸川の物。天宮は読書に集中しきっており、どうやらナオミが話し掛けた事に気付いていない様だ。
 天宮は社でも他に類を見ない程の読書愛好家である。天宮におすすめの本を尋ねれば、本の話で一時間は取られる。国木田が一度その被害者になっているのだから間違いはない。
 天宮が読書にかける集中力は並々ならない。何かの時間になれば容易に本を閉じるのだが、誰かに声を掛けられても大体は気付かない。気付くとすれば、だ。

「乙女ー?」
「……あ、はい。何でしょう?」

 江戸川に呼ばれた時のみだ。

「おや、ナオミちゃん。どうしたんだい?」
「いえ、入社試験の会議に参加してほしいと。」
「……もう終わっている様な物じゃない。」

 ポツリと呟く天宮に、江戸川は笑う。

「あっはっは。まぁ、仕方ないさ。顔だけでも出してやるか!」
「乱歩さんが仰るなら。」

 何方も快く参加……もとい、顔出しの意を表明し、僅かに安堵するナオミ。
 江戸川はコテコテ、という足音を伴って会議室の扉の向こうへ行く。天宮はその後ろを着いていった。

「やあ君たち! 相変わらず益体もない会議で頭を無駄遣いしているそうじゃないか! 全く駄目だねえ仕方ないねえ、探偵社は僕がいないと全く駄目だからなあ!」

 笑顔で胸を張る江戸川。その横を通り抜け、ホワイトボードに書かれている文字を見る天宮。その顔は今にも吹き出しそうな程に愉快そうであった。

「お待ちしてました乱歩さん。乙女。先刻話した入社試験の会議です。おひとつどうですか?」
「お一つもお浸しも何も無いよ。もう素晴らしい案が出ているじゃない。」

 天宮がポツリと漏らす。だが、それは黙殺された。江戸川が少しだけ嫌そうな顔をしたからだ。

「地味で面倒なことに頭を使うのは厭だなあ。そのうえ新人が有能だろうが無能だろうが、僕には猿の毛ほども興味はないよ。世の中には二種類の役回りの人間しかいないんだ。僕に事件を解決されて喜んで泣く奴と、事件を解決されて困って泣く奴だ!」
「「まさにその通り。」」

 太宰と天宮の声が綺麗に被さる。江戸川の類を見ない推理力ではそうならざるを得ないのは世の常とも言える。

「けど無論、僕の異能に見抜けぬ真相はない。それは殺人事件でも何でもない、しょーもない些事であっても同じだ。どうせ僕と乙女は明日出張で試験には参加できない。ようやく待ちに待った連続殺人事件が北陸の地で起こったから。だから試験不在の置き土産として、この会議の行く末を僕の【超推理】で予測してあげてもいいよ。」

 得意気にそう言いながら江戸川は懐から黒縁眼鏡を取り出す。江戸川の異能使用(キー)となる物品(アイテム)だ。その眼鏡を掛けることにより、その頭脳が発揮される。

「乱歩さん――宜しいのですか?」

 僅かに動揺しているらしい国木田が言う。江戸川が事件解決以外に異能を使う等、前代未聞に等しい。
 江戸川は笑い、答える。

「勿論――使うと思った?」

 まあそうでしょうね。とはこの場の江戸川以外の総員の同意だ。

「折角皆がない知恵絞って頑張っているのに、僕がぱぱっと解決しちゃったら可哀想でしょう。」
「確かに。じゃあ小生も黙ってよーっと。」

 分かっているらしい天宮が沈黙を宣言して、両手で口を塞いだ。その天宮の頭を軽く撫でながら、江戸川は続ける。

「そうそう、そうしな。それに君たちは――僕らに無断で肉まんを食った! それが許せない!」

 江戸川は机上の皿を指す。何も乗っていないそれらには、確かに肉まんが乗っていたのだ。だが、今はない。

「え、でも乱歩さんは事務机で駄菓子を山ほど食べてたのでは……」
「あのねえ。確かに僕は駄菓子とか饅頭とかのほうが好きだよ。それから挽肉焼とか卵包飯とかの判り易い食事も好き! だけどね、今は夜中だよ。夜中にふと肉まんの香りだけが鼻の前を漂い、かつ肉まんそのものは存在しないことほど腹の立つことはない!」
「あ、小生はお菓子があれば肉まん要らない!」

 探偵社七不思議の一つである天宮が笑顔で挙手をした。天宮は存在そのものが謎である。例えば、社員の前では真面な食事をしている姿を見せない等。昼時には何も食べないかお菓子を食べるかの二択で、夜もその様な感じだ。その癖お腹が減ったと腹の虫を鳴らす事は無い。体重が異様に減っている事もない。
 気になった太宰と国木田が非番の天宮を一日尾行しようとしたこともあるが、開始数秒で姿を見失ったのも今では社で語り継がれる笑い話になっている。
 ともあれ、そんな謎だらけの天宮の全てを理解しているのは、江戸川のみだろうか? 冗談でも何でもなくそう思わせてしまう程の謎が天宮にはあった。
 それはさておいて、調査員の一人が江戸川の横を通り抜け、部屋を出ようとする。しかし、江戸川が彼に声を掛けた。

「谷崎君。」
「はい?」

 振り返った彼に江戸川は左右に頭を揺らして、しばらく考えてから言う。

「まあ――頑張ってね。」
 
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