傍観者の干渉

□探偵の付き添い 後
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「……貴女の気持ちも、分からなくはない。」

 車内での会話だ。助手席に座る奥方に向けて、天宮は話し始めた。

「私も、人に嫉妬する事はある。」

 身長の関係上、運転がし難そうではある。だが、傍目では分からない程にスムーズに運転している天宮に、奥方は何かを言おうと口を開いた。だがしかし天宮は会話等望んでいないかの様に、次の言葉を口にする。

「昔に、小生を助けてくれた一人の人が居た。蜂蜜の様な金髪で、小生よりもずっと長身で、柔らかく微笑む素敵な人だった。月の様な……小生にとって正に夜の様な人だったよ。」

 悔しがる様な、悔やむ様な、そんな声で信号を待つ。

「あれとの出会いはとある満月の夜だった。とても大きい満月でね。後で知ったのだが、その日はスーパームーンと言う、月が地球に接近する日だったらしい。窓枠に気障に座り、恐怖で怯えていたわたしをその地獄から救い出してくれた。」

 語る内容はとても柔らかいのだが、本人の声は固かった。次第に信号は青となり、天宮は発進する。

「あれは裏社会の人間だった。でも当時ガキだった小生にとってはどうでも良かったんだ。紫と赤の、左右違うあのオッドアイに見つめられるだけで、私は満たされた。親の愛を知らなかったからかね。知らないが。あれを独占していると思うだけで、腹を抱えて転げ回りたい位に嬉しかった。」

 柔らかい運転。幸せそうな過去。だがしかし、声はどうしても固かった。何がこの声を出させるのか。

「裏社会の人間と言ってもね、あまり有名じゃない盗賊だった。小生もそれに参加していた。そう、参加していたのだよ。過去形だ。」

 その目は、現実ではなく過去を見ていた。しかし、運転は確実だ。奥方は知らず安堵の吐息をこぼす。

「新月の夜。小生たちはとある宝石を盗み出した。盗み出すことには、成功したのだが……あれがわたしを庇って追っ手に殺された。」

 奥方が息を飲む。

「分かるかい? 愛しい人が、知らない赤の他人に殺されたのだよ。」

 固かった声は段々上擦っていく。陶酔、懐古……様々な感情が織り混ぜられ、天宮でさえ制御出来なくなっていっているようでもある。

「その時の小生の嫉妬は、今でもありありと思い出せる。未だにすぐそこに巣食っている。何故そんな下衆に殺された? 何故わたしを庇った? 何故わたしに殺されなかった!」

 奥方は天宮の狂気に当てられ、顔を青褪めさせていた。署までは近いはずなのに、異様に遠くに感じる。

「今でも、今でもあの夜の事を鮮明に思い出せる。あれの最期の言葉さえも、血の臭い、小生の息遣い、凡て……ね。」

 何かを抑える様に瞳を閉じ、開けてから努めて感情を殺し、結びの言葉を吐く。

「だから、同情はしないが、理解出来ない訳でもない。だが、貴女には犯罪は似合わないよ。」

 署に着いた様だ。運転席から降り、助手席のドアを開けて天宮は奥方をエスコートする。

「ちゃんと罪を償って、旦那さんとちゃんと相談すれば良い。」
「……はい。」

 放心したような奥方は、そう返事するので精一杯の様であった。
 何事かと出迎える警官に、天宮が手際よく手続きをこなす。
 ――そうして一匹の蛇がもたらした難事件は、あっさりとかいけつしたのであった。


「それは凄い!」
「でしょう? まあ僕には及ばないけど!」
「……何の話で?」

 天宮が屋敷に戻ると、江戸川と屋敷の主人が何事かで意気投合をしていた。二人の間のローテーブルには菓子が乗っていたであろう皿が一つ。屑から察して田舎の母のような、口が乾く様な菓子だった様だ。他にも水の入ったグラスが二つ置かれているから、きっとそうに違いない。
 戻って早々疑問を投げる天宮を見た江戸川は、ちょいちょいと手招く。手招きに応じた天宮は、自身の膝を叩く江戸川の上に座る。天宮は珍しく心なしか困惑している様に見えた。

「何の話かって? 君の話をしていたんだよ! 中々遅かったからね!」

 ちゃあんと法律通りで走ってきたね? と揶揄う様に江戸川は言う。天宮の運転の癖を熟知している故の発言だ。
 天宮は同乗者が居ない場合に限り、法令違反ギリギリの速度で走る。ギリギリ故に軍警も咎められない。その時の運転の荒さは、正に芸術的の域だ。だが咎める者は居ない。同乗者が誰もおらず、事故も起こさないのだから誰が咎められようか。

「通りで帰りはくしゃみをする訳です。あ、ご主人、リムジンを勝手にお借りしてすいませんでした。」

 はぐらかす様に天宮が笑えば、手を上げて主人は瞳を伏せる。

「いや、構わないよ。それよりも君は読書家だと言う。報酬に上乗せする形になるのだが、屋敷内のどれか一冊を好きに持っていって構わない。」
「……ではお言葉に甘えて。」

 恐らく奥方が犯人だった事実を見て見ぬ振りがしたいのだろう。意を汲んだ天宮は、主人の書庫の中から一番の稀覯本を得て帰社の道を辿った。
 
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