傍観者の干渉

□探偵の付き添い 後
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 江戸川と天宮が降り立ったのは、北陸のとある地。ヨコハマと比べると、やや寂れた印象を持たせるがある程度は仕方のない事だろう。此方も此方で海風が冷たい。寒い、冷たいの類いが得意な天宮は上機嫌であった。

「乱歩さん! 最高に丁度良いですね!」
「……うぅ、寒い!」

 軽く体を震わせる江戸川。彼の云う通り、此処はヨコハマよりも寒い。ヨコハマに慣れた彼には少々酷だろう。天宮は、そんな江戸川の様子を見て、一息に羽織っていた和服を脱いだ。

「乱歩さん。肩幅は合わないと思いますが、これを羽織っていれば多少は変わると思いますよ。」
「ありがとう……」

 天宮では身長が足りない為、和服を受け取った江戸川が自分で羽織る。

「本当に肩が合わない! 小さい!」
「酷いですよーう。それは小生用に作ったんですから、そりゃ他人では小さくもなりますー。」

 むぅ、と拗ねて見せる天宮に江戸川は笑った。

「それもそうだ! 悪かったね、紅大。」
「分かれば良いんです。分かれば。」

 にか、と笑う江戸川に釣られ、紅大と呼ばれた天宮も笑う。
 そう、天宮に纏わる謎は、何も食事関連だけではない。性別でさえも謎なのだ。
 天宮は性別が変わる。性転換、と言う意味ではない。性別が変わるのだ。
 その日の本人の気分で自分の性別を変えると言う妙技を有している。探偵社に入る前の太宰を知っていると言う天宮は、勿論その時の太宰のエピソードを幾つか持っている。その中に風呂場の騒動と言う少々上品でない笑い話が一つある。
 とある日、太宰と男の天宮が一緒に風呂に入ったらしい。勿論その時の天宮には――上品でない言い方にはなるが――付いている物は付いており、尚且つ無いものは無かった。だが、次の日に太宰が女の天宮の入浴を除くと、昨日に付いていた物は無く、昨日に無いものがあったそうだ。普段は羽織っている和服や大きい採寸の服等で判り難いが、中々大きく綺麗な形をしていたと言う。
 それが五年以上も前の話だと言うのに、未だに天宮はその件を赦していないと言う所まで含めて笑い話なのだが。それでもやはり、自在に性別を変えられる為に本来の性別が謎なのである。
 そんな訳で今日の天宮は男らしい。だが、身体の性別以外は特に変わっていない為、問題は無いだろう。

「さて、話ではそろそろなのですが……」
「あ、あれじゃない?」

 江戸川が指差したのはリムジン。黒いリムジンだ。スモークで中は窺い知れないが、江戸川が言うのだからそれなのだろう。
 実際、車は二人の目の前で停止した。運転席を開けて降りたのは、黒髪に白が混ざりすぎて灰色に見える紳士であった。

「江戸川乱歩様と天宮紅大様、で宜しいですか?」
「はい、そうです。小生たちが武装探偵社から派遣されました探偵です。此方が江戸川、そして小生が天宮です。」

 江戸川はこうした礼儀だのとは無縁な存在。しかし、天宮はどうしてかそう言った方面に詳しい。天宮の今の言葉は、表面上は丁寧で穏やかだったが、外見だけで言うのであれば年上にする様な物言いではない。

「相解りました。私は今回の依頼人たる山本様にお仕えします、執事の佐藤孝弘でございます。どうぞ、佐藤と御呼び下さいませ。」
「分かりました。」

 その物言いの理由は、この紳士が召し使いの一人だからだ。客人たる天宮と江戸川は、これから向かう屋敷では召し使いよりも立場が上になる。つまりは対応が丁寧過ぎるとそれはそれで失礼に値するのだ。例え外見が子供に見えようが、それは変わらない。
 頷く天宮。江戸川は遠慮無く欠伸をする。
 その様子を見た佐藤はゆっくりと微笑み、後部座席のドアを開けた。その所作は正に執事に相応しい美しさであった。

「さ、どうぞ。お乗り下さい。事件の話は屋敷で致しましょう。中のお飲み物はご自由にお飲みになって下さい。」
「分かりました。乱歩さん、乗って下さいな。」
「ん? もう話は終わったの?」

 そそくさと車に乗る江戸川は、ソファーに遠慮無く座ると、ポフポフと跳ねた。

「おぉー! これ凄くフカフカ!」
「まぁ、これイイ奴ですし。ここからは少し時間がかかるので、寝るだけの時間はありますよ?」
「そう? じゃ寝よっと!」

 そう言ってソファーの上で丸くなる江戸川を微笑ましそうな表情で見てから、天宮はお気に入りのジュースを探すのであった。

「あ、ネクターみっけ。」
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