傍観者の干渉

□探偵の哄笑
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「止めろ!」

 中島が戻ってきたのは、国木田が紳士を投げ飛ばした瞬間だった。綺麗に投げ飛ばされており、中島がアホの様に口を開けて呆然とする。

「やぁ、お帰り。敦君! どうだい? 探偵社はこんな奴等よりも強いんだよ?」
「えー? 何、そんな事で家出してたの?」

 くすくすと笑う天宮と江戸川の声が聞こえているのか否か。中島は未だに我に返れていないらしい。

「おお、帰ったか。全く、勝手に居なくなる奴があるか! 見ての通りの散らかり様だ!片付けを手伝え!」

 国木田が紳士の拘束を強める。当の紳士の手首が大変な事になっている。割りと痛そうで、天宮が肩を竦めた。
 宮沢と与謝野は気にせずに、楽しげな会話を積み上げた黒服に座りながらしているし、天宮と江戸川はカップ片手に談笑している。襲撃等、無かった様に見える。
 壁には銃痕、床には薬莢と散った書類。だが、社員の空気はいつも通りである。

「国木田さーん。こいつらどうします?」
「窓から棄てとけ。」

 宮沢の質問に、実に簡潔的に国木田は答えた。それを聞いた天宮は宮沢に言う。

「あ、賢治君。そこの隅の人は投げ棄てる時には最後の方、なるべく黒服の上に落ちる様にしてあげて?」
「? ええ、分かりました!」

 天宮が指差したのは、天宮が対峙していた人だ。細やかな頼み事にニコニコ笑顔で応じた宮沢は、言われた通りに窓から黒服たちを投げ棄てていく。

「これだから、襲撃は厭なのだ。備品の始末に再購入……どうせ、階下からの苦情も来る。業務予定がまた狂う……」

 ブツブツと呟く国木田に、思い出した天宮は追い討ちをかける。

「あ、国木田君。次の謝罪当番はキミだぜ?」
「何ッ!」

 慌てて頁を手繰る国木田は、該当箇所を見付けたのか、酷く項垂れた。
 その様子を見ていた江戸川は国木田に言う。

「国木田くーん。僕そろそろ、"名探偵"の仕事に行かないと。」
「名探偵? ああ、例の殺人事件の応援ですか?」

 今度は頁を手繰ずとも該当する案件を思い出したらしい。国木田が確認を取ると、江戸川は満面の笑みで応じた。

「そう。警察がね、世界最高の能力を持つこの名探偵、乱歩さんの助言が欲しいって泣きついてきてさ。紅大、また着いてきてよ!」
「何回も言われなくとも、小生は貴方に着いていきますよ。」
「いやぁ、北陸帰りなのに悪いね!」
「貴方こそ。……でも時間まではまだまだ余裕がありますよ?」
「うん? そうだった?」
「ええ。」

 カップを置いた江戸川と天宮は、向かい合って手を握り合いニコニコと笑う。

「こいつにも手伝わせます。」
「問題ないですよね? 乱歩さん。」
「勿論だとも!」

 中島を指差し頼む国木田に、天宮は確認を取る。江戸川は快く了承を出した。

「おい、呆けてないで準備しろ。仕事は山積みだ。」

 二人が了解を出した為に、国木田は中島に声をかける。当の本人は何か憑き物でも落ちたかの様な、自嘲混じりの笑い声を発する。

「……は、はは。」
「あ?何だお前、泣いているのか?」

 目尻に光る何かを見て、国木田は中島を軽くからかい出す。

「泣いてません。」

 だが中島は目元を乱暴に拭い反論する。

「泣いてないのか。」

 だが揶揄われ慣れている国木田は、日頃の鬱憤でも放出するかの様に追及の手を止めなかった。

「泣いてません。」
「泣いてるのか?」
「……泣いてますっ!!!」

 とうとう中島は白状した。どうやら国木田の追及は中島の緊張を解く為のものだったらしい。何だかんだと面倒見の良い先輩である。それを見た天宮は中島の方に寄り、頭を撫でる。
 うんと背伸びしないと頭には届き難いようだったが、それはそれで微笑ましい光景である。

「敦君。探偵社はね、キミが思っていたよりは強いんだよ。ここはキミを守る為にある訳ではないけれど、キミが持ってくる厄介事程度で揺らぐ様な場所でもない。」
「紅大さんの言う通りだ。」

 国木田が頷く。

「この程度で揺らぐ様な社では民の平和を守れん。小僧、貴様も探偵社の一隅なのだから自信を持て。探偵社に入社出来る等、早々無いことだぞ。」
「……は、はい!」

 笑顔で頷いた中島に満足した天宮は、散らかった社内を見渡し、近場から片付ける事にした様だ。

「……あの、所でコウダイって何の事ですか?」
「何? 国木田君。キミ、小生の事を何も伝えて無いのかい?」
「……えっと、太宰の奴が、その。」
「あー、また一階のおばちゃんにちょっかい出していたのだね? 全く、あれは本当に見境が無い。」

 目を反らす国木田。短く息を吐いた天宮は説明を始める。

「実はね、小生はとある事情から性別すらも隠蔽しなくてはならなくてね。ずっと前から男にも女にもなれる様にしたのだよ。その日の気分、或いは必要に応じて何方かを選ぶのさ。ああ、肉体的に。」
「は、はぁ……。」

 分かった様な分からない様な顔をしている中島に、天宮は更に説明を加える。

「ほれ。小生の元の顔が今のこれなのだが、これでは少年なのか少女なのか分からないだろう? だから丁度良くてね。で、今は男さ。男の時の名前が天宮紅大。紅に大きいと書く。この状態の小生は銭湯で男湯に入らねばならない。良いね?」
「は、半分は理解しました……。」

 普通なら信じられる話でもない。だが、この探偵社ならば有り得るのかと思ってしまう中島は頷いた。

「取り敢えず誰かが紅大、或いは乙女と言って小生が応じたら、その日はそちらの性別だと言う事は把握しておいてね。さ、片付け片付け!」
「はい!」

 そそくさと片付けに戻る中島。天宮は片付けもそこそこに江戸川の我が儘……もとい、頼み事を叶えていた。

「んー。ねぇ、紅大?」
「はぁい?」
「さっきまで紅茶飲んでいたじゃない? だから今度はラムネが飲みたい! ラムネ!」
「ラムネですか? 取ってきますね。」

 天宮は書類を纏める手を止めて、冷蔵庫のある方へと消える。暫くして開けていないラムネを手にして戻った。

「どうぞ。」
「ん。」

 受け取り、開封する江戸川。一口、二口、三口と飲んでいき、とても美味しそうに喉を鳴らした。

「くぅ〜〜〜っ! やっぱりラムネも美味しいねぇ!」
「小生、炭酸は苦手です。」
「えぇー? でもラムネは甘いじゃないか!」
「だから炭酸抜けたラムネは小生も好きです。」
「だよねぇ!」
「ちなみに乱歩さん。そろそろです。」

 やがてラムネを飲み終えた江戸川は、デスクから立ち上がる。

「また殺人事件の解決依頼だよ! この街の市警は全く無能だねえ。僕なしじゃ、犯人ひとり捕まえられやしない。」

 そうは言うが、江戸川の顔はむしろ嬉しそうである。何せ彼は名探偵なのだから。

「でもまぁ、僕の【超推理】は探偵社……いや、この国でも最高の異能力だ! 皆が頼っちゃうのも仕方ないよねぇ!」

 気分が良いらしい。江戸川は足元に転がる本を踏む。

「乱歩さん。その足元の本、戻さないと。」

 中島が江戸川の下の本を指す。本、と聞いて天宮が反応した。

「乱歩さん。小生、貴方に何度注意しましたっけ。本を踏まないで下さいって。」
「うっ、悪かったよ……。はい、どうぞ。」

 本の鬼、とは探偵社の中での天宮の異名の一つである。天宮の背後には般若が見えそうである。さしもの江戸川もたじろぎながらその上から退く。

「まぁ、わたしのモノではないのでさして怒っていませんが。はい、敦君。」
「あ、ありがとうございます……。」

 江戸川が棚をとん、と人差し指で指す。好意的に解釈するなら、中島にその本が棚の何処に仕舞われるべきかを教える為に本を踏んだ、と解釈出来る。
 般若は見えどもそう言う解釈をしたらしい天宮は、さほど怒っていない様に見える。中島は知らず安堵する。
 天宮の手には書類の類いを有していない。つまりは出発は直ぐか。だが、片付けは中途半端である。決めあぐねていると、国木田がそれを拾った。

「頼りにしてます、乱歩さん。」

 国木田が拾った本を本棚に直しながら云う。それを聞いた江戸川は胸を張る。

「そうだよ、国木田! 君らは探偵社を名乗っておいて、その実、猿ほどの推理力もありゃしない! 皆、僕の能力【超推理】のお零れに与っているようなものだよ?」
「凄いですよね、【超推理】。使うと事件の真相が判っちゃう能力なんて。」

 宮沢が江戸川を褒める。続いては国木田だ。

「探偵社、いえ全異能者の理想です。」

 普段から理想に煩い国木田が江戸川の異能を指して「理想」と云う。短時間だが国木田の「理想」への熱意を知る中島にとって、驚天動地の思いだった。

「小生も乱歩さんには敵いませんよ。貴方は本当に素晴らしい能力を有しておられます。」
「はっはっは! 当然さ!」

 江戸川が褒められて嬉しそうな表情をする。天宮もどこか幸福(しあわせ)そうな表情で笑う。

「小僧。ここはいいから乱歩さんにお供しろ。現場は鉄道列車で直ぐだ。」
「ぼ、僕が探偵助手ですか? そんな責任重大な――」

 中島が嫌そうな声を出す。江戸川の実力を今だ見ていない中島にとって、彼への賛辞は凡て大袈裟に聞こえるのだから仕方ない。それに江戸川の態度は実に子供に近い。
 江戸川は中島の言を遮る。

「真逆。二流探偵じゃあるまいし、助手なんて要らないよ。仮に助手をさせるのなら……そうだな。本当に仕方なく助手が必要な状態になったのなら、紅大に頼むよ。」
「まぁ、嬉しい。」

 天宮が薄く頬を染めて見せる。その反応が嬉しかったのか江戸川の笑みが深まった。江戸川は常日頃から笑顔でいる事が多いが、天宮が関わってくると更に笑顔が深まるのは最早気のせいではないだろう。

「天宮さんですか……。」

 中島は期せずして川原で出会った時の事を思い出していた。あの時は自身が施設を追い出されたと、見るだけで分かってしまったのだ。確かに天宮には常人よりは推理能力がある、と中島は納得する。

「紅大さんは……いいや、天宮さんは乱歩さんも認める推理能力がある。故にやらせるのなら助手らしい。実際、乱歩さんの出向に一番同行しているのは天宮さんだ。俺も天宮さんの推理能力――否、頭の回転の速さは目を見張る物があると思う。」
「嫌だなぁ。そう国木田君に褒められると、何だか照れ臭くなってしまうよ。サービスに太宰を連れ帰ってあげよう。」
「そう言えば彼奴は……」

 言われて太宰の不在に気付いたらしい。国木田は騒ぎ始めるが、中島は後れ馳せながらも気付いた。

「え? じゃあ僕は何故……」
「ほら、僕。列車の乗り方判んないから。」
「小生が別件でお供出来ない時のために、新人教育だよ。」

 実にあっさりと事実だけを述べて江戸川と天宮は笑った。
 
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