“文豪”たちとボク

□ボタンの掛け違い
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 ――待ってくれ、助けて欲しい。
 正直、上回る許容量と書いてはオーバーキャパシティと読む程度には現状が理解できない。そう言えば司書さんに頼み込んで頼み込んでその末にようやくデータを貰えました。実に有り難い。正直ヤク中のように彼の音楽を求めているから、見つからない間はつらかった……。何せ作業用BGMも無いんですよ!? 閑話休題。
 いや、言葉のアヤだ。一応理解はしてるはず……綾――ああ、あの人は転生しないのでしょうか……正直転生されたら、それはソレで死ねるのですが、それにしたってボクが転生して彼が転生しないとかそんな道理に納得できるわけがない……理解は出来ている。一応。だが、こう、受け入れられるか否かはまた別問題では無かろうか。
 思考回路があちらこちらするのは、最早癖だ。秒単位で切り替わるそれは、実は結構楽しく思っていたりする。それはそれ、それこそ閑話休題。
 そして待ってくれ。尊敬している人との距離が、実に近い。待ってくれ。待ってくれ。待って、って。頼むから。時よ止まれ、汝は如何にも美しい。Verweile doch! Du bist schön.『ファウスト』だね。
 時間が止まったら、こう地球の自転速度で大地からスピンオフするとか、光も停止してるんだから世界は真っ暗になるはずだとか宣う、野暮な理系諸君は黙っていれば良いと思う。ロマンを追い求めよ。さすれば世界は輝いて見えるだろう。錯覚、気の迷いに翻弄される人間の美しさにも目を向ければ良いのだ。いや、結晶は綺麗だと思うが、数式に美しさは感じない奴です。
 ――崇拝? 心酔? 好きな度合いを示す言葉なんぞ、何だって良い。多分大抵当てはまるだろう。ファンは「熱狂的な」を意味するのなら、それも正解だ。ボクは彼が紡いだ妖しい世界に「熱狂的に」取り込まれている。自他ともに認める。自他ともに認めるファンだ。だからこそ、頭が真っ白になって、こんなどうでも良い事をグルグルと考え始める事になったのだが。
 そんな、待ってくれ。ちょっと待ってくれ。元々こうした不意の出来事には弱い性質だって言うのに、現実は思考速度より早く過ぎ去る。こうしてグルグル考え始めて三十秒にも満たないくらいだろうか。それでもこの思考回路はやや愚鈍に動く。機敏だったらそもそもこんなことを考えないで脱出方法を模索するでしょう?
 それはそれとして、この愚鈍に過ぎる思考回路が有限な時間に対して役立たずならば、筆記速度も愚鈍に過ぎる。時間は有限だ。そして、それは短い。足りぬ、足りぬと嘆いているのに、更に著す速度も遅い。それなのに身体は休息を求めやがって、本当に色々と足りない。もどかしい。もう少し速く著せたなら。もう少し機敏な思考回路を有していたのなら……いや、そう思うならこんな余計な事を考えている暇はないだろう? 桃だろう?
 ――嗚呼、イイ感じに混乱している。
 少し整理をしよう。ボクの無い語彙の欠片を使ったって、ちょっと今、何が起こってるのかを、こう、説明する余裕が無い。混乱しているから。そして、動揺しているから。……物書きとしては堕落を越して、失格していはしないか。これは真に遺憾である。それはイカン。遺憾五段活用。強い懸念を表明する。遺憾の意を示す。強い遺憾の意を示す。真に遺憾である。甚だ遺憾である。これに「朕茲二戦ヲ宣ス」を足して六段活用ってネタもあるらしい。
 ……小ネタを随所に挟んだところで、どうせ誰にも伝わらないだろうし、伝わってないし、そもそもツッコミを入れてくれる人もいないし、もう、本当に世界って奴は手酷い。色々と。
 端的に。事実だけを端的に率直に、簡潔に明瞭に言うのなら。ボクが師匠と仰ぐ素晴らしき探偵小説家、大乱歩が、江戸川乱歩が、ボクに、いわゆる壁ドン顎クイをしている! 待ってくれ、待ってほしい。本当に!
 視界が、乱歩先生か彼のマントで埋め尽くされている。彼の、とてもとても整った顔が近い。顎をクイと持ち上げられているからだ。腕の中に閉じ込められている。
 退路はどこにも存在しない。危機的状況……嗚呼、爆弾は頑張らなくてよろしい。所長、爆弾を応援するなよ。緊張感が一気にギャグになるではないですか。いや、あれ、ギャグ何ですケドね。幾度目かの閑話休題。
 左腕で閉じ込められ、右手で顎を掬い上げられ、そうして嫌いな自分を見詰められている……何の、拷問だろうか。果てし無い羞恥がボクを襲っては、また違う羞恥が襲い来るこの状況!
 先生の、少し端が下がった目がボクを見ている。薄く弧を描く口は、仮面の表情……と、言うよりは悪戯が楽しい笑顔。それらは、確実にボクに羞恥を、的確にプレゼントしてくれて――嗚呼、耳まで赤く染まっているのがよく分かる。
 ……師匠とボクとでは、時代が七十年ほど離れている。同じ時代を生きていなくて良かったと、心底思っている。そうだったら恐らく中絶に耐えきれずに、誰かさんみたいにアンチに回ってしまっていたかもしれない。なっただろうな。予感はするが、実際ならないと分からない。
 ……それと同時に時の違いも大きく存在している。何せ半世紀以上も開いているのだ。だから、神格化された――そう言っても良いだろう――彼しか知らない。半世紀以上も間が開いていれば、本人が生きていた時の話は逸話にも歴史にもなる。歴史になればそれは単純に伝説とも言われる。
 伝説の力は侮ってはいけない。ボクの生きていた時代の人間は変な事に「神」への信仰を馬鹿にする癖に「科学」を信仰する風潮が蔓延っていた。バカではなかろうか、愚かではなかろうか。誰だって妖怪だの、なんだの、居ると思っている訳がなかろう。いないのだ。でもいるのだ。肉眼では見えない電子だのの存在は信じられて、そうした幽世を信じられないのもあほらしいとは思わないだろうか。
 「科学」は信仰するくせに、そうした幽世は信じず。妖怪であったり、神であったり、仏であったり。そうしたものが貶められていく……嗚呼、耐え難き。
 言葉とは、だから信用できないと思っている。伝えたい所が伝わらず、要らない所だけが拡散されて撹拌されて、真実を覆い潰してしまう。
 伝説とは、例え非科学的でも荒唐無稽でも、なんなら実際に起こっていなくともそれは「あったこと」なのだ。
 妖怪が脅かしてきた。神が目の前に現れた。仏がこの山を開けと示された。酒呑童子は人間では考えられないほど長い時間、母親の胎の中にいた。……すべては真実だ。それはありえないと否定するのは筋が違っている。
 伝説、伝承……なんだって良いさ。それらは全て真実なのだ。何せ文字はそれ以上を伝えないから、当時の証人がいないから。記憶は都合よく改竄される。だから生き証人だって割りとかなりで怪しいモノだし(歴史学ではオーラルヒステリーが云々の手法があるらしいが、それはそれ。)、だからこそ文字を字面通りに読むことの大切さよ。読んで、時折深読みを楽しむ。時に織り混ぜられる教訓に身を正し、時に過去の物語と行き逢う。これを楽しむのが伝説等々の楽しみ方、作法である。
 下手に常識に照らし合わせようとするから、みょうちくりんな事になる。気付けば良いのに、気付けば良いのに。愚かなり。愚かなり! 一番の愚かは、こうして関係のない事をグダグダと考えているボクだがな……!
 ともあれ、そうした理由で、彼はボクの中では揺るぎない神なのだ。もちろん、同時に人間だと承知している。でも、天子様の一族は神の血が混じっていて、少し前までは神様だったのだぜ? 同じことだ。単純に、単純問題「そう言う事になっている」から……だから、ボクはカミサマがこうしてボクだけを見ている現状に耐えられないのだ。
 こんなに醜い……見難い、正視に堪えられないボクを、その美しい瞳で見ないで下さい。止めて、お願いですから。
 どうせなら赤面している様子を、新雪に鮮血が落ちたよう……とは思ってくれていたなら良かったのに! いないだろうな。思ってくれていたなら良かったのに!
 
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