“文豪”たちとボク

□言葉遊びの美しさよ
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 ――錬金術師とか言う輩は、大抵陰に隠れるようにして生きている。それは栄えある帝國図書館の司書たちもそうだ。
 表向きはただの司書だ。しかし、本業は錬金術師である。その頭脳は実に優秀で、研究分野によっては不死のヒミツを知っている者や、鉛を黄金に変える方法を知る者がいる。……と、思われている。
 実際は錬金術師の不死の秘薬は、寿命を縮める結果を齎している場合が多いし、鉛が金に成るのはありえない。そう見えるだけだ。だが、勘違いはそのまま連鎖していって、錬金術師たちは時に命を、頭脳を、技術を狙われている。時に文学を消し去りたいと願う奴らが原因だったりするのだが、帝國図書館の司書が急襲されるのは、大抵前者の欲深なオロカモノが原因だ。
 正直、有限な時間をこの程度の事で浪費されるのは非常に勘弁願いたい所だ。呆れて物を言う気が失せている女は嘆息を吐いた。


 さて、少々整理しておこう。
 特務司書なる存在は、死した文豪の魂を現世に定着させる術を知っている。定着させられた文豪は、しかし生前の儘ではなく、定着した特務司書の解釈であったり、或いは自らの著作のイメージなり、取り敢えず何かしら不純物とも言うべきものが混ざっている。
 だからこそ、揺れを有する“文豪”が少なからず存在する。

 ――例えば、まさしくイレギュラーだらけであるラウラがそうだ。
 極々一部の特務司書のみが転生させることに成功している“文豪”である。転生条件は謎で、どうやら江戸川と坂口の転生に成功しているのは絶対条件であるらしいが、残りはまったくの謎のイレギュラーな存在。それがラウラであるのだが、ラウラは他の“文豪”では中々見られない特徴を幾つか有している。
 例えば、少し侵蝕されている状態が一番能力が発揮される。例えば、デフォルト状態で潜書すると銃を扱うが、司書が小説の方の著作を詠唱してから潜書すると刃――鋼線を扱うようになる。例えば女の身体を有している。等々。
 今軽く挙げた特徴は、どのラウラも共通で有しているらしい。示し合わせたわけではないのに、謎だ。
 そう、ラウラは詩人として転生しているのだ。だが本人は「小説の方が本業」と宣っている。認識の違い、とは他の“文豪”にも見られる。二足の草鞋を履いている者も居る。
 だが、それはソレ、の話なのだろうか? 興味深い。





 さて。奇・エリファスも特務司書の一人である。特務司書である、と言う事は錬金術師であることと同等である。
 錬金術師であれば……特に優秀な錬金術師であればあるほど、何かと身辺が煩い。少しの散歩でさえ気が抜けない状況になる。正に今がその状況なのだが。
 実に蚊が飛び交っている様で煩いとは思わないだろうか? エリファスは嘆息を吐いた。
 少しだけ、少しだけ。少しだけ図書館を出ていた。その帰り道に愚か者から襲撃を受けたのである。エリファスは、他のモヤシ共とは違って体術にも自信がある。しかし一人で捌くには中々面倒な質と量での襲撃である。

「久々に骨のある襲撃だが……フム」

 薄らと笑みを浮かべるエリファスは、余裕そうな姿勢を一切崩さない。これだけの手練れに囲まれていると言うのに、だ。
 エリファスはおよそ人とはかけ離れた、美しい容姿をしている。体付きこそ女性に見えるが、その顔は実に中性的で。白い髪、白い肌、赤い瞳……そのどれをとっても、人間のアルビノより、はっきりとした発色をしていた。しかし、それらはどこまでも生きていた。人外の美貌ではあるが、人形でもない。その余裕そうな様子も相まって、どうしようもなく「生きていた」。
 流石の襲撃者もその様子には戸惑う。場数を踏んではいるが、ここまで「生きている」存在を殺す事も珍しい。だが、躊躇いも問答も無用である。静かに、しかし素早く行動に移すとしよう。
 そう、思った瞬間である。およそ人外離れした美しい唇が、厳かなまでに静かに、慈しむように詩を諳んじた。

「霧雨廻るアジサイの 鳴る音こちら 鬼いずこ
 しとどに揺れる君の髪 フル音其方 神鳴りて」

 どこかで境界が揺れるような、曖昧模糊とした感覚が拡がる。緩やかな眩暈としてそれは襲撃者たちに訪れる。
 ふと気が付けば、宙に魔法陣が描かれていた。サンタマリアのように青色の、複雑怪奇な紋様のそれはゆぅるりと明滅を繰り返し、一人の女の像をそこへ結んでいく。
 ――少女のモノにしては落ち着いていて、そして婦人にしては高い声が辺りに響いた。

「アマ上がる空美しく 泣くコは何方 透けた色
 雨傘に降る星空の 見上げるあちら 君とぼく」

 エリファスが敢えて途中で止めていた詩の暗唱を、その声が引き継ぐ。
 彼女は完全に像を結んだ。
 薄氷色の、肩にかかるかかからないかの髪。エリファスと同じくらいに白い肌。無邪気に笑っている為かあまり見えないが……赤い瞳。瞳以外、徹底的に赤を排除した服装は、ややエリファスと似通った色彩をしているものの……エリファスが「生きている」分だろうか? どうしようもなく「死んでいた」。
 襲撃者たちは、まさしく生死を目撃せんとしているのに……可笑しな話だ。
 無邪気に笑む彼女は、そのままどこからともなく一冊の本を取り出した。明るい黒の――灰色、よりは黒に近いだろう――表紙に、青色の装飾が施された本だ。
 およそ現実的でなく、幻想的な光景に襲撃者たちは本来の目的を忘れかけていた。だがベテランはそのマジックに似た行動に警戒心を取り戻す。
 しかし、彼女にとってはもう十分に過ぎる時間は与えられていた。

「……詰まる所、この不調法者を成敗するために、その……ボクが呼ばれたとの認識で、その、宜しいでしょうか、司書さん?」
「そうだよ。それにしても気軽に奇さんで良いと言っているじゃないか」
「いいえ、いいえ。本来ならば幽世の住人ですから……生者の名を呼ぶわけには」

 彼女は良く通る声でやや小さく、自信と覇気の無さそうな事を言う。
 エリファスはそれに対していっそ傲岸不遜とも思える笑みを浮かべた。何故なら、彼女は実に楽しそうに笑んでいるから。

「まぁ、いいさ。背中は任せたよ? ――ラウラ」
「……キミがそう仰るのなら」

 襲撃者の一人がエリファスに刃を届けようとしていた。しかし、エリファスが手を出すまでもなくそいつの頭がザクロのように裂き誇る。
 響く発砲音に何事かと見てみれば、ラウラと呼ばれた彼女の両手にはそれぞれ拳銃が握られていた。右手は所々に歯車があしらわれている黒い自動小銃。左手には、同じように歯車があしらわれている、深い青色のリボルバーが。
 ラウラは悪夢のように笑う。

「――〈()〉とは、〈()〉に通じ、〈(うた)〉とは〈(うた)〉に通ず。移ろい変わり往く、虚ろな言の葉の連なりが故に、〈()〉は鬼神をも顕現せしめる事が可能なのだよ?」

 クスクスと〈詩人〉は笑う。笑う。
 エリファスは良い子とラウラの頭を撫でる。それを気持ちよさそうに享受したラウラは背後を見ずに撃ち抜いた。

「忘るることなかれ。死して地獄の門をくぐるキミたちに、先輩としての助言をするならば……鬼たちの言う事には従った方が身のためよ? 幾人も屠ったキミたちは、間違いなく地獄で罰を享受しなければならないからね」

 無邪気なまでにその二丁の拳銃を閃かしては、一人、また一人と撃ち殺す。その情景を悪夢と呼ばずになんと呼ぼうか。銃弾を、刃を、四方八方から迫るそれらを避け、或いは銃弾で弾いて。そして死を叩き込む……ああ、エリファスにもラウラにも、かすり傷すら付けられていない!
 襲撃者たちの中でも、一番の小心者の男が腰を抜かしては唇を震わせながら悪夢に魅せられていた。着実に死が近付いていると言うのに、むしろそれを受け入れるような心地になっている。
 ――いや、寧ろ殺されたがっているような、そうした心境にまで至っていた。

「――めもあやに、眩む悪夢か。春泥の死が訪れん、綾成す生に」

 男の心境を読んだかのように、ラウラが詠む。
 その句の空々しさよ。こうして身を刺すような寒さが男を襲っているというのに、春の句を詠むとは。
 全く以て、その苦は上品であった。
 
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