傍観者の干渉

□夕暮れの邂逅
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 夕方とは、別名逢魔刻とも言う。世界を燃やさんばかりに赤々と光を投げる夕陽により、行く人行く人、総ての顔の認識がし難い。故にその中に妖の類いが混ざり込んでも気付かない。転じて魔の類いと出逢(でくわ)す刻。それが逢魔刻である。
 余談だが、夕方は黄昏刻とも言う。誰そ彼、である。そして朝方は彼誰刻である。彼は誰、となる。古の日本人は中々に上手だ。
 概ねそんな事を考えている存在が、一人河川敷を歩いていた。
 濡れ鴉の羽の様な髪は、肩に付かない所で左側が長い左右不揃いにしてあった。単純にお洒落でしている訳では無く、自分で髪の毛を掴み、そのまま切り落とした様ないい加減さが見て取れた。
 身長が大体四尺と七寸か八寸(約145p)と言った所であるから、見た目だけでは中学生である。しかし、髪と同じ色をした瞳の鋭さが身長から感じられる年齢を相殺していた。結果的に外見からでは年齢が分からぬ。目付きの悪い中学生なのか、身長の低い大人なのか……。
 青と灰が混ざり合った色をした鳥打帽を真っ直ぐ被っている。どうやら夕陽がその人にとって眩しすぎる様だった。しかし、夕陽に照らされて分かり難いとは言え、その人の肌は白すぎる様に見える。日本人……いいや、人間離れした白さだ。比喩でもなく雪の白さの肌、と言えよう。
 中性的な顔立ちの所為か、外見からでは性別が分からぬ。着ている服で分かりそうな物だが、それすらも転でばらばらな為、実に判別が出来ぬ。
 先ずは大きい方に採寸が合っていない無地の和服。灰色のそれはどうやら男物であるらしいが、袖を通さず羽織るだけであった。上まできちんと釦を留めてある黒い襯衣(シャツ)。これも大きい方に採寸が合っていないらしい。兎に角襯衣も男物である様だ。右に釦が三つだけ在る、明るい灰色の中衣(ベスト)。又々これも大きい方に採寸が合っていない。中衣も男物だ。何だ、大きい服が好きなのか?
 しかし黒い洋袴は女性物で、此方は採寸が丁度良い様だ。洋袴の裾は黒い靴の中に入っている。この靴は踵が全く上がっていないが女性物であろう。襯衣の首元を廻る紐。紐と布のギリギリの幅であるそれは、良い素材で出来ているらしい。綺麗なリボン結びをしていた。
 そして最後にベルトの代わりか、黒いベルトポーチを巻いている。ここまでよく見れば分かるのだが、その人が纏う服は何れも既製品には見えない。大きい方に採寸が合っていない物が幾つかあるが、襯衣は完全に首を隠してしまっているし、手がしまってあるらしい袖口は通常よりも広かった。羽織っている和服も丈こそ長いがその人の肩幅には丁度合っている。恐らく、袖に腕を通せば襯衣の袖は見えなくなるだろう。中衣も大きいのは丈だけであるように見える。特注品か。
 十二分に奇妙なその人はしかし、何処か上の空で河川敷を歩いていた。顔の方向は完全に川を向いており、何かを探している様に見える。川に何の用があるのだろうか。
 苛立ちを交えながら、音を立ててその人が立ち止まる。眼下には何やら鬼気迫る様子で立ち上がる少年が。しかし、その人はそれを意識の半分でしか見ていない様だった。

「少年。其処の少年!」
「……(ぼく)、ですか?」

 河川敷を滑り降りながらその人は少年に呼び掛ける。白髪或いは銀髪の少年は、滑り降りてくるその人を見て鬼気迫る雰囲気を消す。根が善い少年なのだろう。
 自分を指差し首を傾げる少年に、その人は言う。

「申し訳無いのだが、其処を流れる阿呆の救助を至急行ってくれないだろうか! 小生では生憎とあれを助ける膂力が無い!」

 その人が指差す方向を少年は見る。そこには人の足が水面上にだけ現れた滑稽な何かが。取り敢えず察して見るに、上流から流れてきたのだろうか。
 僅かに足が動いている。つまり、水面下にあるはずの胴体の方は瀕死である確率が高い。
 少年はその人が少年なのか少女なのか、女性なのか男性なのかの判別も付けぬ儘に体格で咄嗟の判断を下した。

「ええい!」

 自身で言う様に、体格が無いその人では、あれを助けられまい。
 少年は川に入った。
 
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