傍観者の干渉

□探偵の付き添い 前
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「……うぅ、おかぁさーん……!」

 泣いている幼い子が居た。小学生……否、それよりも幼いであろう。女の子だ。
 泣きじゃくり、とぼとぼと歩く。こんな夕方には少々似つかわしくない。一体彼女に何があったのだろうか。

「どうしたんだい?」
「……おにぃちゃん、だれ……?」

 そんな女の子に話し掛ける影が一つ。影を僅かに警戒する女の子に視線を合わせて、影は笑った。

「おにいちゃんは怖い人じゃないよ? さ、何があったか話してごらん。」
「……おかぁさんが、いないの……」

 ぽつりぽつりと女の子が話し始める。男の様子がおかしくなったが、女の子が気付いた様子が無かった。――分かる筈もないが。

「おかぁさん、メイをつきとばしてね? にげてって。おとぅさんがメイのおててをにぎってはしって、それで、おとぅさんと、おかぁさんがいないの……!」

 女の子の涙腺が決壊した様だ。泣き出す彼女を影は抱き締める。

「そうかそうか、それは大変だったね……でも安心して。おにいちゃん、君のご両親のいる場所、知ってるから。」
「ごりょーしん……?」

 首を傾げる女の子に、影は嗤った。

「君の、お父さんとお母さんの事だよ。」
「……おかぁさんに、あいたい……」
「連れていってあげる。」

 影は女の子を抱き締めながら歩き始めた。
 暫くしてから影が着いたのは人気の無い路地裏。

「ここにおとぅさんと、おかぁさんがいるの?」
「ああ、そうさ。今すぐ会わせてあげよう。」

 影が取り出したのは、ナイフであった。直ぐ様女の子に襲い掛かる。素早い動きだ。女の子の喉がナイフで掻き切られる。

「……気色悪い。」

 ――事は無かった。その女の子が影に足払いをかけたからだ。影はうつ伏せに倒れる。

「気色悪いよ、殺人淫血症。何、ついにロリコンにでも目覚めたの? ベタベタ触って気色悪いんだってば。」

 その声は、先程までの女の子の声ではなく、天宮の物であった。淡々とした怒りを込めてあるが、確かに天宮の物である。なるほど、女の子の正体は天宮であったか。
 だが不審点がある。天宮の元の身長よりもずっと低い。それどころか、顔も、何もかも、天宮を想起させる点は何も無かった。
 だが、天宮に対しての理解不足である。としか言い様がない。天宮は、変装の達人なのだ。
 天宮は影の背中に乗るが、自身が非力だと知っている為に次の手を打つ。

「Invocatio:Mythus,spazio,llamar,Leo.」

 天宮はいつの間にかに、何か猫の髭を持っていた。厳かに唱える手の中の髭が燃える。だが、天宮が熱そうにしている様子は無かった。
 同時に空中に紋が描かれた。魔法陣が炎で描かれているのだ。その魔法陣からは逞しい獅子が出てくる。
 これぞ、天宮の異能力。悪夢の夜、と言われるそれの……ほんの一部だ。

「この男を押さえてて。小生は非力なのだよ。」
『承知した。』

 立派な鬣を持つ獅子は吠えるようにそう言うと、天宮の代わりに影を押さえにかかる。……腰の辺りを両前肢で踏み付けると云う簡単な仕草で、だが。

「おぉーい。犯人確保したよ?」
「……この男が犯人、なのか?」
「そうさ。僕の推理を疑うわけ?」

 天宮は、建物の影に隠れていた江戸川と刑事を呼ぶ。刑事は、天宮の姿が常と違っていても驚かなかった。慣れているのだ。
 疑いを向ける刑事に江戸川が陽気に笑う。

「この男は、人を殺す事に依って楽しんでいたんだよ。悦に入っていた、とでも云うべきか。」
「離せ……!」

 抵抗する犯人は、しかし手足を出鱈目に動かす事しか出来ない。ナイフはとっくの昔に天宮によって回収されていた。
 獅子は巨体だ。それに見合う重量を有している。犯人が逃げ出す事は無いだろう。

「離す訳が無いだろう? 刑事さん、眠らせても?」
「……許可する。」

 頷く刑事を横目に天宮は白いハンカチを用意する。抵抗する犯人の鼻から下を幼い手で覆う。すると直ぐに犯人は眠りに落ちた。

「残る作業は署でやりましょう? ここはポートマフィアの縄張りの中で居心地が悪い。」
「ああ。」

 そうして犯人逮捕に至った。
 事件の経緯はこうだ。

「襲われたのをうっかり殺して? それで興奮している自分に気付いて犯行を繰り返した、と。それらしい人を探して。駄目だねぇ。一回の殺人で血に餓えるだなんて。三下も三下。全っ然駄目じゃぁないさ。それらしい人を間違えることが無かっただけ誉めてやるかー。」
「そうですねぇ……」

 呟く江戸川と、同意する天宮。二人は探偵社への帰社の道程を辿っていた。
 天宮は下手な鼻唄を止めて江戸川に感想を晒す。

「わたしとしては、死体の様子は好みでしたが、やはり野晒しは駄目です。それらしい所に置かないと。」
「……君が言うと、冗談に聞こえないね。」
「うふふ、失礼しました。」

 僅かに笑う天宮。肩を竦める江戸川。その二人の間には兄妹の様な雰囲気は無く、冷たい空気がそこを支配していた。

「乙女。今夜はないよね?」
「暫くは呼ばれませんよ。何せ小生の気に入る程悪い奴は中々居ない。」
「……そうだね。」

 探偵社へは後少し。

「……小生だって……本当は好き好んでやっている訳ではないのは、貴方だって御存知でしょう?」
「そうで無かったら、どうして社長が君を受け入れるのさ?」
「いや、貴方に勘違いされるのは悲しいので。」

 そう言って笑った天宮の顔を認めた瞬間。エレベーターは武装探偵社のある階に辿り着いた。
 
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