傍観者の干渉

□探偵の付き添い 後
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 各々が車内で好きな事をする事約一時間。
 江戸川は時折起きては天宮の飲んでいる桃の飲み物を少し飲み、天宮は時折飲み物を盗られながらも読書をしていた。緩やかな勾配から、山奥へ向かっているのだと知れる。
 それもそうだ。今回の連続殺人事件の舞台は山奥の屋敷なのだから。
 リムジンが止まり、ドアが開かれる。開けたのは勿論佐藤であった。江戸川、天宮と降りると、そこにはずらりと並んだ女中が。ひぃふぅみぃと江戸川が数えていくと、その数は十数にも及んだ。
 皆同じ角度で礼をする。

「当家にようこそお越し下さいました。」
「いえ、こちらこそ。」

 一糸乱れぬ、と称した方が近いだろう。異口同音で二人を歓迎した後、先頭を歩き始めた佐藤が屋敷の扉を開けた。

「お入り下さい。お履き物はそのままで結構です。」
「うん、そんなのはどうでも良いから、早く依頼人に会わせてよ。僕はね、事件を解きに来たの。礼節だとか、しきたりとか、そんなものは鳥の羽程も興味はない! それにしても鳥の羽って言うのは素晴らしいよね。見るもよし食べるもよし、矢とか布団に使うもよし。正に最高じゃあないか!」
「は……?」

 江戸川の扱いに慣れていない佐藤は怪訝そうな顔をする。だが天宮は江戸川に慣れている為に、柔らかな笑みの儘江戸川に賛同する。

「そうですねぇ。小生は普通に見るのが良いと思いますよ? とりあえずこの執事さんが依頼人の所まで案内してくれますから、もう少し頑張って下さいな。ね、佐藤さん?」
「え、ええ。では此方に。」

 先に歩く佐藤は、後ろのずれた会話をばっちり聞いていた。

「しつじ? 羊でなく?」
「しつじ、です。羊毛は様々に活用されますが、彼はバトラーですよ。彼の毛を使ってもペンギンだのは見られない。……使用人の中でも上の方です。場合によっては上から二番目ですかね。」
「それってどれくらい?」
「使用人の階級をそのまま探偵社に例えるなら、次期社長たる国木田君くらいでしょうか。」
「僕じゃなくて?」
「乱歩さんは例外ですよ。階級だけで見るならば国木田君以外には居ませんし、乱歩さんの功績は見方にもよりますが、社長よりも上です。何せ名探偵ですから。名探偵は常に例外ですよ。」
「あっはっはっは! 探偵社は僕がいないと全く駄目だものね。それは納得だ!」

 先程鳥の話をしていた為でも無いのだが、江戸川には鶏の様な、という形容がとても似合うだろう。簡易的な感想を抱いた佐藤は、主人の待つ応接間の前に立った。

「旦那様、奥様。探偵社の方々をご案内致しました。入っても宜しいでしょうか?」

 扉をノックし、念の為の確認を入れる。返事があったのだが、佐藤がドアを開ける前に江戸川が開けてしまった。いつの間に間に割り込んだのか分からなかった。

「たのもう!」

 バン、と音を立ててドアが開かれた。中に居た二人の男女は驚いた様な表情で静止している。いや、佐藤も驚きを隠せない様だった。
 江戸川のこう言う行動はいつもの事だ。半ば諦めに似た慣れで、天宮は江戸川の斜め後ろから顔を出した。

「こんにちは。」

 にこやかな笑顔で天宮が簡易的な挨拶をすると、江戸川は中のソファーに座っていた男の前に座る。どうぞ、とも言われていないのに、いきなり、だ。執事は慌てながらも壁際に控える。驚きすぎて行動が染み付いた召し使いとしてのそれを取れなかったのだろう。
 天宮は江戸川の隣に座り、破竹の勢いで話し始める彼の言葉が途切れる瞬間を待った。

「全くさぁ、僕は名探偵だよ? 名探偵はね、こうした礼儀だのしきたりだのは関係なぁいの。出来る事しか出来ないのだし、やれる事しかやらないのは当然だろ? 依頼された事件の解決が名探偵の仕事なんだから、事件の解決をしに来たのに、どうしてこんな格式張った事しかしないわけ? 本当に変だよ。君は何か? 鶏に鳴いたり食料にしたり以外の仕事でも押し付けるのか? そんなことは無いだろう? ねぇ、分かってる?」
「乱歩さん、落ち着いて下さいな。寝起きで少々不機嫌なのは分かりますが、名探偵たる貴方が腹を立てるような事は何もありませんよ。」

 ようやく天宮が口を挟めた。怒濤の勢いで話していた江戸川は、若干膨れた顔で天宮を見た。注目が己に向いた事を好機と、天宮は懐から袋を取り出す。

「礼儀だのしきたりだのと言った、全ての煩わしい事は全部小生が片付けておきますので、ご安心を。依頼の話になるまでこれでも如何ですか?」
「……仕方ないな。」

 す、と天宮は駄菓子を差し出した。それは江戸川の好みの駄菓子で、彼は膨れ面をやや押さえてそれを受け取り、食べ始めた。どこか幸せそうな顔で食べる物だから、天宮はそれを見て満足そうに頷く。
 そしてそれから依頼人に改めて向き直り、一礼をした。

「驚かせてしまい、申し訳ありませんでした。うちの名探偵は終始この様な調子で御座います故、ご理解を頂きたく存じます。」
「あ、ああ……」

 男が答えた。この男がこの屋敷の主人であるらしい。隣の女性は奥方か。

「さて、正式なご挨拶が遅れてしまいましたね。小生は天宮紅大。この名探偵の……言わば、供回りの様な物と認識していただければ正確に近いかと。」
「助手、ではないのか?」
「まさか!」

 主人の言をばっさりと切り捨てたのは、駄菓子を半分食べた江戸川だった。だが、天宮の働きぶりは助手とも言えるそれなのだが。

「僕は名探偵だよ? 助手だなんて要らないね! 助手を持っている探偵だなんて、二流……否、三流だ!」
「そうですねぇ……。」

 しみじみと腕を組み、同意する天宮。その様子に満足したのか、江戸川は駄菓子を食べる方に戻る。

「と、言う訳なので、小生は供回りなのです。」
「なるほど……?」

 困惑が透けて見える納得はさておいて、天宮は続けた。

「そして此方の彼が、先程から御自身で仰っている様に、名探偵の江戸川乱歩です。以後、お見知り置きを。さて、名探偵がこれ以上話に飽きない内に事件の内容をお聞かせ願っても?」
「ああ、そうさせてもらおう。」

 始めこそは動揺した様だったが、屋敷の主人たる堂々とした様子で彼は頷いた。奥方の方は少々顔色が悪い様だが大丈夫だろうか。

「今回御呼びしたのは他でもない。この屋敷内で最近女中が連続して殺されているのだ。崖から落ちたり、首を吊ったり、刺したり、と。」
「何で殺されたって分かるの?」

 質問を挟んだのは江戸川だった。主人は淡々と事実だけを告げる。

「殺された女中からは、睡眠薬が検出された。だから他殺だろう、と。」
「ふうん。」

 続けて。と、先を促す江戸川は、天宮に駄菓子の塵を渡した。天宮は腰のベルトポーチからビニル袋を取り出し、そこに入れた。簡易的なゴミ箱。
 慌てた執事は天宮に駆け寄ろうとするが、当の天宮は立てた手の平で制する。不要、だ。
 意図を察した執事は、何事も無かったかの様にそのまま静止を選ぶ。その間にも話は進んでいた。

「睡眠薬はどんなもの?」
「遅効性で長く眠れる物だとか。夕飯の時に服用すれば、夜九時から朝の六時までゆっくりと眠れる物と軍警の方が仰っていましたが。」
「……ふぅん。」

 手だけで次の駄菓子を催促する江戸川に、先程と同じ会社の違う駄菓子を提供する天宮。満足そうに包装を解く江戸川は、それを飲み込んでから質問の矛先を奥方に向けた。

「所で奥さん。最近よく眠れてる? 目の下の隈が化粧で誤魔化せていないよ?」
「え、ええ、最近不眠気味で……」
「そうだろうね。だって貴女が犯人なのだから。」
「なっ……!」

 狼狽する奥方を見る主人。両者共に驚愕の表情だった。

「し、失礼な! いくら夫が呼んだ者とは言え、(わたくし)を犯人扱い? 冗談も程々にしなさい!」
「そうだ! 我が妻が犯人だなんて有り得ない!」
「よくあるよねぇ、そう言うの。」

 しかし、江戸川はあっさりと何方の批判も受け流す。眼鏡はかけていない。つまりはかける程の問題でも無かった様だ。天宮はこっそりと残念そうな顔をする。

「紅大。準備はしておいて。」
「仰せの儘に。」

 声をかけられ、天宮は微笑を浮かべる。それから恭しく一礼をした天宮を見た江戸川は、推理の続きを口にする。天宮は手招きで執事を呼び、何事かを囁く。

「殺された女中さんたちは皆、ご主人の不倫相手だった。奥さんにはそれが赦せなかったんでしょ?」
「なっ……!」

 その間にも名探偵は真実を口にする。驚愕に執事の顔が青ざめるが、直ぐに何処かへと消えた。
 口を開閉しながらも二の句が告げない主人と、顔を赤くして嫌そうな顔をする奥方。どちらも図星らしい。

「だから奥さんは殺したんだ。崖から突き落とすのも、刺し殺すのも、寝ているならば女性でも可能だ。首吊りに関しては女性だって滑車を使えば簡単に出来る。いや、滑車でなくても滑車の機能を果たす結び方があるんだからさ。簡単でしょ?」
「何を根拠に仰っているのです?! 証拠は! どこにあると……!」
「ほら、直ぐにそう言い出す。犯人はね、そう言うんだよ。」

 呆れた様に言う江戸川は今食べていた駄菓子を食べ終わる。同じ様に天宮がビニルの中に回収し終えるのを確認すると、奥方の目をじぃ、と見つめる。

「不眠気味だって言ったよね? そうしたら女性が一番気を使う美容と健康に悪影響を及ぼす。ならばこんな立派な屋敷を維持管理出来る程の財力を持つ人の、妻である貴女が睡眠薬を欲しない訳がない。」
「それに。」

 後を継いだのは天宮だった。

「嫉妬する女性はとても分かりやすい。目の下の隈がそこまで大きくなるならば二日あるいは三日を要するでしょうね。丁度一日に一回殺されているならば、計算は合う。他が見えて無さすぎる。」
「そうそう。何なら首吊りが発見された部屋の、バルコニーの手すりを調べてみるかい? 不自然な擦過痕が見つかる筈だ。」

 江戸川がそう締め括ると、何も言えなかった奥方が次第に泣き始める。善人ほど罪の意識には耐えられない。だが、嫉妬はそれを越えるのだ。

「どうして……」
「どうして? それは貴方が浮気したからではないですか。貴方が奥さんを愛していれば、こんな事件は起こらなかった。」

 天宮が主人を糾弾する。だが、それ以上言う前に江戸川が視線だけで天宮を止める。眉を寄せた天宮は、しかしそれ以上は何も言わずに席を立った。

「奥さん。犯行を認めますか?」
「……はい……」

 丁度執事がやって来る。

「お車の準備、整いまして御座います。」

 天宮に促される儘に席を立つ奥方は、そのまま屋敷を去った。
 残された江戸川はその天宮の後姿を見て、詰まらなさそうに鼻を鳴らした。
 
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