傍観者の干渉

□黒衣の挨拶
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「はぁーい、そこまでー。」

 する前に呑気な声が袋小路に響いた。天宮は肩を竦めて声の主の方へと寄る。谷崎はもう既に異能を解いて地に伏していた。

「遅いよ、太宰。小生なんか北陸帰りに急いで駆け付けたって言うのに。」
「いやぁ、乙女の」
「今は紅大。」
「……紅大の疾さには勝てないよ。」

 言い直す太宰は、少々苦笑している。そう、太宰は二人の異能が激突する寸前に間に割って入り、異能を無効化する太宰の異能力――『人間失格』を発動させたのだ。
 太宰の姿を認めた樋口が驚愕する。

「貴方、探偵社の――! 何故ここに!」

 問われて、太宰は簡潔的な答えを口にした。

「美人さんの行動が気になっちゃう質でね。」

 太宰が懐から取り出したのは、盗聴に使用する道具。

「こっそり聞かせて貰ってた。」
「な……真逆!」

 樋口がジャケットのポケットを漁る。すると、右のポケットから盗聴器が。

「あはは、それ小生が冗談混じりにキミにあげた奴じゃない!」
「あ、覚えてた?」
「では、最初から――(わたし)の計画を見抜いて……」

 絶句、とはこの事か。上手い言葉がそれ以上は出て来なさそうな樋口に笑って見せる太宰は、しゃがむなり中島をぺちぺち叩き始める。

「ほらほら、起きなさい敦君。三人も負ぶって帰るの嫌だよ私」
「や、小生の異能を使えばそれなりに運べるのでは?」
「……それもそうか。」

 天宮の提案に手を打つ太宰。目から鱗の様な表情をしている。異能に頼るという頭は最初から無かったのだろう。
 小さく呻き、僅かに意識が戻ったらしい中島。だが、彼が完全に起き上がる前に樋口が両手に銃を構えた。

「ま……待ちなさい! 生きて帰す訳には!」
「くく……くくく。」

 どこか嬉しそうな笑い声。天宮の物でも太宰の物でも、樋口の物でも況してや中島の物でもない。笑ったのは芥川だ。
 腕で樋口を制する芥川は、太宰と天宮を其々見る。

「止めろ樋口。お前では勝てぬ。」
「芥川先輩! でも!」

 樋口が何事かを言いたそうである。だが、上司の命には従うらしく大人しく銃を降ろした。それを見ずに芥川は太宰に云う。

「太宰さん。今回は退きましょう――しかし、人虎の首と其方の御仁の身柄は必ず(やつがれ)らマフィアが頂く。」
「なんで?」

 太宰が僅かに驚いた表情をする。天宮は、芥川が何かを云う前に先回りをする。

「この子に懸賞金が掛かっているのだろう? 推定七十億程度と見た。それほどあれば、ポートマフィアが裏社会を牛耳って余り有るから、あの超合理的思考の権化こと、超弩級変態薮医者超D級幼女性愛加齢臭中年が動く理由になる。」
「ちなみにDとは?」
「ドジソン。」

 太宰の疑問に淡々と答える天宮。天宮を見てから太宰は芥川を見る。

「人虎を狙う理由は確かにその通り。その御仁にはまた別個の理由がある。」
「だが断る。」

 ばっさりと表情を変えずに切り捨てる天宮。だが、芥川が気分を害した様子は無い様だ。太宰は事情を把握しているのか、それには何の反応も示さなかった。

「へえ! それは景気の良い話だね。」

 感心した様に感嘆の声を出す太宰。芥川はそんな彼に予告をする。

「探偵社には孰れまた伺います。その時に素直に七十億と其方の御仁を渡すなら善し。渡さぬなら――」
「戦争かい? 探偵社と? 良いねぇ、元気で。」

 其方の御仁、で芥川が見たのは天宮であった。その視線の意味を正しく理解している天宮と太宰は似た様な笑みを浮かべた。氷の様に冷たい冷笑を。

「やってみ給えよ。――やれるものなら。」
「私が素直に従うとでも? 随分と安く見られた物だ。」

 其々の解答は似通っていた。拒絶。
 芥川は目を細め、樋口は苛立ちか虚栄混じりの笑みを浮かべる。

「零細探偵社ごときが! 我らはこの町の暗部そのもの! 傘下の団体企業は数十を数え、この町の政治・経済の悉くに根を張る! たかだか十数人の探偵社ごとき――」

 樋口は一度そこで間を開けた。

「三日と待たずに事務所ごと灰と消える! 我らに逆らって生き残った者などいないのだぞ!」
「うん、それが?」
「知ってるよ、それ位。」

 しかし、樋口の熱い弁舌は冷ややかな二刀に因って切り刻まれる。天宮は頭の後ろで手を組み、詰まらなさそうにしていた。太宰は軽く頭を掻いている。
 両者の反応を見た芥川は薄く笑う。

「然り。外の誰より貴方方はそれを悉知している。」

 芥川が告げた事実は、半覚醒の中島を無言の驚愕に陥れるのに十分過ぎる破壊力を有していた。無論、意識が有るか無いかの谷崎兄妹にも同じことが言えるのだが。

「元マフィアの太宰さん。同じく天宮さん。」
 
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