傍観者の干渉

□黒衣の挨拶
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「おや、小生とキミとは初対面だった筈では? ……嗚呼、否。太宰の物だったキミは小生の事を伝え聞いていても可笑しくないのか。」

 明るい笑顔で話し出す天宮。

「キミがマフィアに入る頃には、きっと小生は抜けている物ね。一方的に知られているのはいつもの事だけど、ここまで世間が狭いと、さしもの小生も驚愕だ。」
「言うほど驚いて無い癖にぃ。ちなみに被ってたけど。」
「うん。いつもの事だもの。と言うか被ってたか。忘れていたよ。」
「まぁ、これの事なんて覚えている方が損かもしれないけどね。」

 先程迄の張り詰めた空気は何処か。天宮と太宰はいつもの通りに漫談染みた遣り取りを始める。

「ただ、まぁ、余計な徒名で呼ばなかったのは誉めてやる。それで呼んでたら直ぐにでも殺って良かったのだけれど。」

 そこで天宮は声を低くする。子供の声が低い成人男性並みに低くなる。意図的に声を変えたのだろう。

「この場は、見逃してやる。早く帰りな。」
「……では、失礼しよう。」

 天宮の放つ、冷たすぎる指向性のある殺気に当てられたのだろう。放心している樋口を軽く叩いてから芥川は去った。
 その様子を見て、太宰は肩を竦めた。

「あの出来損ないにはもう少し強い殺気で良かったのに。」
「やだなぁ。これでもわたしは平和主義なのだよ?」

 元の声で天宮は笑う。その手には昨夜使った猫の……獅子の髭が。

「Invocatio:Mythus,spazio,llamar,Leo.」

 手の中の髭は炎に包まれ、赤い魔法陣からは昨日と同じく獅子が現れた。

「連日に渡って喚び出してごめんね。この野郎二人を運びたいから協力して。」
『相分かった。』
「太宰はナオミちゃん背負う前にこの二人をこの子に乗せ……たら、消えちゃうのか……」

 途中で太宰の異能を思い出した天宮は指示を取り消す。

「太宰、ナオミちゃん運んで探偵社に。先行ってて良いよ。どうせ追い付く。」
「分かった。」

 谷崎やナオミに施した応急措置は、異能で作り出した物ではない。太宰が素手で触れても問題はないのだ。
 天宮は獅子に指示を出す。

「手段は問わない。この二人をキミの背中に乗せて。荒っぽくても良いけど片方は怪我してるから慎重に。」
『荒っぽいが慎重とは……矛盾していないか……?』

 首を傾げる獅子だったが、命には従う。まず中島をくわえ、宙に放る。次に谷崎を。そして自身も跳躍し、谷崎、中島の順に落ちてきた所を背中で受け止める。衝撃は全て降り立った獅子の足に吸収された様だ。

『此れでどうかな?』
「もふもふ良いなぁ……」
『此れ以上は(われ)も乗せられぬ。控えろ。』
「はぁい。」

 項垂れた様に返事をしてから、天宮と獅子は歩き始める。
 時折珍しい物を見る様な目線で見られるが、それは大体観光客だ。地元住民は慣れた物である。
 探偵社に着く前に太宰と合流する。

「谷崎君には秘密にしないとね。」
「アタシ、谷崎君に殺される最期は少し嫌だもの。」

 だが、ナオミを先程の様に乱雑に扱うのも駄目な気がする。それに獅子の背に干される様に揺らされるよりは、太宰に運ばれた方が傷的な意味合いでまだ安心である。
 太宰はエレベーターを、天宮と獅子は階段を使って探偵社に帰社した。
 階段とエレベーターでは、階段の方が早い。しかし、それは階段を上った者が急いだ場合の話である。案の定、後数段で三階の所で国木田の物らしい怒声が僅かに聞こえる。
 天宮はそれに肩を竦めながらも階段を上る。四階に着けば、そこは武装探偵社のオフィスである。

「やあ、賢治君。この二人を医務室に運べるかい?」

 自身のデスクに座っていた宮沢に天宮は云う。すると宮沢は快く引き受けた。

「はい、勿論です!」
「やー、賢治君の怪力はある意味羨ましいよ……」

 満更でも無さそうな天宮の感想。それもその筈、片手に一人ずつ持ち、キチンとした足取りで医務室に行くのだ。天宮で無くとも、この探偵社ではこれを出来るのは良くて後一人である。
 天宮は獅子から髭を貰い受ける。赤い炎と共に獅子は消えた。自分のデスクのチェアーに座り、駄菓子を食べている江戸川の方に寄る。

「乱歩さん、乱歩さん。駄菓子ではありませんが、焼菓子等は如何です?」
「紅大の作る菓子は美味しいから、別に良いよ。」

 包装紙に包まれた焼菓子を取り出し、美味しそうに食べる江戸川。その姿を見て柔らかく微笑む天宮。
 だが、暫くして医務室の方角から悲鳴が響いた。

「……谷崎君か。」
「みたいですね。」

 嫌そうな顔の江戸川と、あっさりと言う天宮。悲鳴の原因を知っているからだ。
 次に国木田が焦っているらしい声が。実力はあるのだが、こう言う時に素が出るのか中々に面白い。
 どうせポートマフィアが襲来して来た時のシュミレートを、言葉になっていない言葉で再現しようとしているのだろう。頭は悪くないのに元理系教師だからか、時に驚く程に語彙が尽きるのは国木田の常である。
 その様子に吹き出しかけていると、国木田がどこか納得いかなさそうに医務室から出てきた。悲鳴の出所は医務室の奥であるのは明記しておこう。

「おや、国木田君。ついうっかり頭に上げていた眼鏡を新人に指摘された感想は?」
「……触れないで下さい。」

 天宮と国木田は同期である。だが、実は天宮の方が歳上であることは明言している為に、国木田は天宮に対して敬語を使用している。歳上は敬う。彼の理想らしい。
 天宮の持論としては敬われるべき人はそれなりの理由を有する為に、日々気の抜けない生活を送っている。……太宰をある程度制御出来る時点で尊敬に値する事実に、天宮は気付いていない。

「そうかい? ならば小生の報告と行きたいが……何処まで報告された?」
「小僧に七十億の懸賞金が掛かっている、程度しか。」

 つい先刻に太宰から聞き取った報告を諳じてみせた国木田。天宮は僅かに眉を寄せて考えてから細く説明を施す。

「ついでに、小生の身柄も狙われているらしいのだ。口振りからすると別案件だな。私、人気で困っちゃう。」
「……。」

 国木田が全ての動作を停止させた。天宮が彼の眼鏡の前で、跳び跳ねながら右手を振る。すると暫くしてから復活したらしい国木田が咳払いをした為、天宮は跳び跳ねるのを止めた。

「すいません、軽く気絶していました。」
「太宰もそうだけど、キミも中々器用だよね。さて、本題に入ろうか。」

 別段キミの器用さはここで論じるべきではないし、と天宮は切り捨てる。天宮の言うことも尤もである。

「小生は別段探偵社には所属していないのは知っているよね。」
「ええ、それは勿論です。」

 そう、天宮の言う通り、天宮は対外的には探偵社の一隅であるが、その実は探偵社に所属していないと言う矛盾が生じている。

「小生の本業は政府関連の云々だ。それの為に一時的に探偵社に身を寄せている。……だが、探偵社に来る前にはポートマフィアでも似た様な事をしていてね。」
「は、初耳です……!」

 国木田が狼狽する。確かに狼狽したくなる気持ちも分かる。探偵社とマフィアでは、オセロの白と黒の様に程遠い存在である。

「そりゃ、言っては不味いからね。言わなかっただけさ。でも歴然とした事実でもある。知っているのは社長と乱歩さんだけだった。」

 ここで天宮は故意に嘘を吐く。太宰も知っているが、それはそれの問題として片付けた。

「ご存知の通り、小生は異能もそれなりに優秀であるし、自身の能力もそれなりに優秀である。……よね?」
「ええ、それはもちろん。」

 自信が無くなる天宮に、すかさず頷く国木田。天宮としては自分はこれを出来て当然である、といった認識の為に自分が優秀なのかそうでないのかが分からないのだ。
 国木田から見れば天宮は優秀である。その事実に頷く天宮に国木田は付け足す。

「それなりに、と言った程度ではありませんが……優秀ですね。」
「有難う。で、だ。ポートマフィアでも小生は中々重宝されていてね。何せ暗殺者としては実に優秀だ。キミも思い知っているだろう?」
「ええ……。」

 遠い目をした国木田が思い出すのは在りし日の事だ。気配を完全に消した天宮を認識出来るのは、社でも一人居るか居ないかである。その一人が社長である以上は、国木田が察知出来る筈もない。
 何せ数秒前まで認識していた天宮は、突然消えるのだ。消える直前まで天宮を見ていたとしても、天宮が完全に気配を消してしまえばもう何処に居るのかは分からない。かくれんぼに此れ以上最適な妙技も他にない。最早気配を消すと言う話どころではない。
 その天宮の隠密能力の高さを暗殺に利用すれば? ――比喩でもなく、狙った者は必ず仕留める暗殺者になれるだろう。それが実現していただけだ。
 更に付け足せば、天宮は非力である代償かのように素早い。素早さを生かし一対多数の乱闘でさえも難無くこなしてしまうのだ。

「その時代の事が、ポートマフィアの一番偉い奴に高く評価されていてね。そんな政府の狗は止めて(わたし)の狗になれ、と。」

 一部をその当人の声真似にでもしたのか、声が男になっていた。飄々とした声である。掴み所が無い所から、思わず国木田は太宰を連想したが、声は別人のものであった。

「ふん、どっちも似た様な物じゃない。その言い方だとさ。そうしたら私は面白い方を選びたいね。少なくとも探偵社に入れば狙われる率はポートマフィアよりも低い。だからのんびりと趣味に耽溺できる。これは最大の魅力だよ?」

 ポートマフィアは大小様々な犯罪をしている。時には抗争もある。狙われる率は確かにポートマフィアの方が上だろう。

「それに小生がポートマフィアに入ると、裏社会が整備され過ぎてしまう。それはそれで詰まらないから嫌だ。……っと、これは関係無かったね。ともあれ私はポートマフィアへの勧誘を受けているのさ。」
「分かりました。勧誘を蹴る心算でいる所も含めて諒解しておきます。」
「ありがとう。」

 じゃあ小生、社長に報告してくる。と、天宮は手を振った。
 
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