傍観者の干渉

□黒衣の挨拶
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 宣言通りに天宮が立ったのは社長室。中に人影を認めてから天宮はノックをする。

「天宮紅大です。入っても宜しいですか?」
「……入れ。」

 短く許可をされ、天宮は社長室に這入(はい)る。木製の高級そうなデスクの向こうには、銀髪の男が。落ち着いた色の和服姿が本日もとても似合っている。流石は不惑()過ぎの武人である。
 彼の名は福沢諭吉。――昔には銀狼とも呼ばれていた人物だ。

「失礼します、と。」

 ひょい、とした動作でデスクの前に立つ。天宮は福沢が何かを言い出す前に先制攻撃を仕掛けた。

「新入社員と小生の身柄がポートマフィアに狙われている件について、です。二つは別件であると言っても良いのですが……。」
「その件については太宰からの報告を受けた。……七十億、か……。」

 どうやら国木田とは違って何方も報告を受けている様だ。頭に手を当て軽く振る福沢。彼は日頃から頭痛腹痛の種を抱えている。探偵社の皆がそれほど変人揃いなのが一因である。

「小生はポートマフィアに入る気はこれっぽっちもありませんが、問題は新入社員の件です。七十億も気軽に用意出来る個人等、小生以外に心当たりはありません。組織に至っては武装探偵社を敵に回すのを恐れるでしょう。」

 天宮は政府に飼われている猫だ。狗ではない。気に食わない時は突っ張ねるし、気分が向いたら甘えて見せる。甘えて見せた時の報酬は普通の給料とは桁違いで、一回熟すだけで一生は遊んで暮らせる額となる。それを複数回熟し、派手な浪費をしていない天宮にとって七十億の用意は難しくはない。銀行は難しいだろうが。
 武装探偵社は荒事の類いを得意とする。その気になれば重大なテロを起こせる程度には公的な地位も高い。だからこそ国内で武装探偵社に喧嘩を売る組織は表にも裏にも存在はしない。

「ただ、それは日本に限ります。海外組織……或いは個人には幾つか心当たりがあります。しかし、どれも憶測の域を出ません。申し訳ないです。」
「否、海外だと分かっただけでも十分だ。」

 考え込む福沢。だが、天宮がその思考を中断させる。

「爆発、か。遠い。港の方……倉庫か。」
「何?」
「ポートマフィアの黒蜥蜴ですよ。何時もの事だ。」

 このヨコハマでは、ある意味での日常茶飯事だ。裏社会の人間同士が潰し合う分には問題ない。
 社長室は実はこの武装探偵社のオフィスの何処よりも頑丈に出来ている。故に外の爆発音が聞こえる天宮の耳が異常なのである。
 天宮はそれを契機にしたのか何処か遠い目をした。

「七十億を用意出来る海外の個人或いは組織のリストを作成。ポートマフィアと武装探偵社を同時に相手出来る存在を抽出……ああ、有力候補数三ですね。」

 天宮が本気で考え事をする時の癖だ。天宮の情報網は広範囲に深く通じている。その為、本人も頭の中にある程度は入れておかないとならない。
 近くの花屋の女性店員の好みから、世界規模の陰謀まで多種多様に渡るそれらは、言わずとも膨大である。更には天宮本人が様々な事に通暁している。例えば電網潜士(ハッカー)としての技術は申し分ないし、運転席のある乗り物は全て操作出来る。話では教員免許も有しているのだとか。その為に、天宮が有している知識量も膨大である。
 天宮が採った解決策は、頭の中の整理の方法を図書館風にすると言う物。知識を本に、情報を紙束に。閲覧や検索をして頭の中から取り出す。その速度は早い為、それ専用の機械が入っている様に思える。そんな事は無いのだが。

「何処だ?」

 福沢の静かな疑問に、天宮は答える。

「出来る、出来ないの二元論ならば、英国の方の『時計塔の従騎士』、露西亜の方の『死の家の鼠』、北米の『組合』ですね。」
「『組合』? あれは実在するのか。」
「ええ、しますよ? むしろ最有力候補です。」

 あっさりと断言した天宮。ここまで断言するのだ。きっと確かだろう。だが。

「勿論、これは推測です。もしかしたら……有り得ないかもしれませんが、小生でも知らない異能力者組織が存在するのかもしれませんよ?」
「ああ、解っている。」

 天宮のリストアップは正確無比だろう。だが、断定するには情報が足りない。

「因みに何故『組合』が最有力候補なのかと言えば、これも実に簡単で。女王に傅く『従騎士』たちは、七十億とか言う阿呆な金額を餌に動くのは優雅でないと判断するからです。サー……騎士の称号を持つならば、と言った矜持に近い物ですね。あの人たちがやるとすれば、神隠しに似た手を使う筈。英国は剣と魔法と妖精の国です。」

 福沢は静かに頷いた。

「そして露西亜の『鼠』ですが、此処の頭目は異能力者でありながら、異能力者を嫌悪する。そう言う存在ですから、やるとしたら探偵社とマフィアを殺し合わせて、その主犯と言う濡れ衣を新入社員に押し付けて拐って行くでしょう。其方の方が随分とそれらしい。」

 天宮が腕を組む。少し考えてから、付け足した。

「そして、『組合』の今代の長は成金と聞く。金に物を言わせて問題を解決していく様な奴だと。風の噂でそう耳にした事が。」
「なるほど。だからか。」

 天宮は静かに頷く。だが、付け足すのも忘れない。

「あくまでも候補です。そうとはまだ決まっていない。そこはちゃんと分かって頂きたいのです。」
「無論。」
「良かった。……そう言う訳なので暫くは貴方の身辺も騒がしくなる筈です。お気を付けて下さいね。」
「ああ。」

 元々無口な武人であった福沢は、此れ以外の返答を知らない。天宮はそれを解している為それ以上は何も言わずに社長室を辞した。

「失礼しました。」
 
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