傍観者の干渉

□探偵の哄笑
2ページ/5ページ


「遅いぞ探偵社!」
「え、時間通りに来たのにぃ。」

 対岸には工場が見える河川敷。そこでは鑑識が何やら捜査をしていた。複数人でわらわらと。
 天宮は顔をしかめ、江戸川はそれにも目をくれず、何やら突っ掛かってきた刑事に尋ねる。

「ん。君、誰? 安井さんは?」

 中島は刑事の鋭い気迫に圧されて、天宮と江戸川の後ろに隠れている。それを気配だけで察した天宮は、半ば苦笑しながらも快く壁になってやる。――身長があまりにも足りていない、とは口にしてはいけない。
 江戸川の疑問に刑事は答えた。

「俺は箕浦。安井の後任だ。本件はうちの課が仕切る。貴様ら探偵社は不要だ。」
「へぇ、安井さんの後任でしたか!」

 話し始めたのは天宮だった。不要と言われた事に対しては何も思っていない様だ。

「えっと、蓑虫さん?」
「箕浦、だ。」

 少々苛立った様に箕浦は答える。天宮はしまった、と言いたげな軽い表情をする。

「ああ、すいません。小生、人の顔と名前を覚えるのが酷く苦手で。ついつい間違えてしまうのです。所で安井さんはどうされたので?」
「……異動、だそうだ。本庁勤めになったらしい。」
「おぉ、出世か! それはめでたい。後で彼に何か餞別の物でも送らないと、ですね。」

 手を叩き笑う天宮。しかし、舌打ちせん勢いで箕浦は言った。

「もう良いだろう。貴様ら探偵社は不要だ。帰って良いぞ。」
「莫迦だなぁ! この世の難事件は須く名探偵の仕切りに決まってるだろう?」

 江戸川が腰に手を当て胸を張る。噛み付く様に箕浦は言った。

「抹香臭い探偵社など頼るものか!」
「何で。」

 江戸川は「あれ。小生最近、抹茶を立ててませんよ?」とか言いながら自身の体臭を気にかける天宮を、完全に無視して理由を尋ねる。
 完全に余談だが、天宮は石鹸と紅茶の香りがした。

「殺されたのが俺の部下だからだ。」

 重苦しい箕浦の言葉に、流石に巫山戯るのを止めたらしい天宮と江戸川は、箕浦の部下らしい巡査が遺体にかけられたブルーシートを取る動作を黙って見た。

「今朝、川を流れている所を発見されました。」

 巡査が簡潔的な説明をする。遺体は胸に三発の拳銃を受けており、それ以外の外傷は見られなかった。
 私服なのだろうか。ワンピースを着ており、シンプルだが大人の女性を感じさせる格好だった。幸いにも長髪には何も絡まっておらず、また腕時計には大きい傷も見えなかった。綺麗な方の遺体である。まだ。

「……ご婦人か。」
「見知らぬ他人で申し訳ないが、どうか安らかに……。」

 帽子を胸に当て、冥福を祈る江戸川と天宮。だが、その祈りは箕浦に遮られた。

「胸部を銃で三発。それ以外は不明だ。殺害現場も時刻も、弾丸すら貫通しているため発見できていない。」
「で、犯人は?」

 元より長く祈る心算は無かった様だ。遺体の傍でしゃがんだ江戸川の疑問に、箕浦は答える。

「判らん。職場での様子を見る限り、特定の交際相手も居ないようだ。」
「それ」

 立ち上がる江戸川が帽子を被り直した。笑みは嘲笑にとって変わる。

「何も判ってないって云わない?」

 その言葉は、箕浦にとって手痛い言葉だった様である。図星だ。ギラリと江戸川を睨み付けた箕浦は、吠える様に云う。

「だからこそ素人あがりの探偵になど任せられん。さっさと――」
「おーい! 網に何か引っ掛かったぞォォ!!」

 だが、それは鑑識の声に遮られる。
 中島、江戸川、天宮、箕浦、巡査の五人は其方の方に振り向いた。
 中島が尋ねる。

「何です、あれ。」
「証拠が川に流れていないか、川に網を張って調べているのですが――」

 その若い巡査の云う通りに、鑑識が集まって何やら作業しているそこには、重機が見られた。発見にざわつくのは仕方ないだろう。

「ひ、人だぁ!」
「お?」

 聞いた天宮が薄く笑う。どこか楽しんでいる様だった。果たして何が楽しいのやら。

「人が掛かってるぞぉ!」
「何だと‼」
「まさかっ……」
「第二の被害者!?」

 五人が駆け寄る。上がった人は――

「やあ敦君、仕事中? おつかれさま。」
「ま……また入水自殺ですか?」

 逆さ吊りになっている太宰だった。天宮と江戸川は半ば予想していたらしく笑うのみだ。
 中島の「また」に反応した箕浦が訝しげな表情を見せる。だが、太宰は得意そうに笑うだけだ。

「うふふ。独りで自殺なんて、もう古いよ敦君。」
「え?」

 律儀に反応するのは、美点だが太宰に対してはタブーの様な気がする。疲れるだけだからだ。

「前回、美人さんの件で実感したよ! 矢っ張り死ぬなら心中に限る! 独りこの世を去る淋しさの、何と虚しいことだろう! ということで乙女、心中しよう!」
「紅大デス。そして小生を巻き込まないでくれ給え。」
「というわけで、一緒に心中してくれる美女募集中。まぁ、今のところ一番良いのは乙女なんだけどね。乙女、気が変わったらいつでも歓迎だよ!」
「だから、今は紅大だっつってんだよ。紹介しないし、キミの為に川に身を投げないしなんなら恥の多い人生だったみたいなことも言わないし。何方かと言えば小生の人生は後悔の方が多いね!」

 気付いているのかは不明だが、江戸川が少し不機嫌な様だ。天宮はそれを気にせずに江戸川の後ろに隠れる。江戸川の方が約七寸(約20p)も身長が大きい為に、すっぽりと隠れてしまう。江戸川が太宰を睨み、太宰が肩を竦める。

「え?じゃあ今日のこれは?」
「これは単に川を流れてただけ。」
「なるほど?」
若布(わかめ)男。そんな調子だから国木田君に包帯無駄遣い装置と言われるんだ。少しは反省し給え、迷惑噴霧器。」
「ぐっ。」

 江戸川の上着の端を握り、横から顔を出した天宮の一言が割りと心に刺さった様である。太宰は胸を押さえて膝を付き、天宮は江戸川の後ろに身を隠したまま、ぷくー、と頬を膨らませてみせた。

「ふんだ。小生を敵に回したらもーっと凄いもの。ねー、乱歩さん!」
「僕は君を敵に回さないね。」

 言いながら江戸川は天宮の頬を突っついて、頬の空気を外に出させる。天宮はまるで風船が割れた様に一気に頬を萎ませれば、それは江戸川のお気に召した様だ。
 今度は太宰が同じ事をする。しかし突っつく者は居らず、致し方なく自分で突っついた。

「まるで私が君を敵に回した事がある様な言い草……」
「あるじゃない。あ? 忘れたとは言わせない。私の風呂覗いた破廉恥め。」
「遊ぶなら帰ってもらおうか?」

 そこで耐えかねたらしい箕浦の注意が飛ぶ。だが、天宮の毒舌とも言うべき八つ当たりの餌食になるしかないのだ。。

「あ? 部外者が黙り給えよ。あのね、小生たちはとても重要な事を話していたのだよ? そう、一個師団を破壊せしめる程の戦力をどう運用するか否かに匹敵する大事な会話だ。一刑事たるキミに、そんな強大な戦力の指示が出来るとでも? 少なくとも、小生、乱歩さん、太宰ならばその戦力への適切な指示が可能だ。夫婦喧嘩に口出しする者は、馬に蹴られて死んでしまえだのと言った慣用句が存在するが、特に小生の話を無駄に遮る輩は燃える熔鉱炉に突き落とすぞ。親指立てて沈み給えよ。」
「お、おう……」

 一息で言い切った天宮。特に後半部分は強ち嘘に聞こえず、箕浦は思わずたじろぐ。睨まれたから、ではない。本気だったからだ。
 それで天宮は満足したのか、その舌の次の攻撃相手は太宰に戻る。

「国木田君にキミを連れ戻すと約束したから仕方なく回収してやるけど、帰ったら国木田君と小生とで久々に(しめ)てやるからな?」
「え、やだよう。君の遣り方って随分と痛いと言うか苦しいのだもん。」
「それが丁度良いのだろ。とりあえず、ほれ。事件解決に貢献したら加減してやる。」

 状況を説明し出す天宮と、何だかんだと状況を聞く太宰を見て箕浦は江戸川に問う。

「何なんだ……こいつらは。」
「そこの包帯は同僚たる僕にもよく分からないし、この人に至っては謎だらけさ。」

 その事実を愉しむ様に江戸川は笑った。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ