傍観者の干渉

□探偵の哄笑
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「なんとかくの如き華麗なるご婦人が若き命を散らすとは…! 何という悲劇! 悲嘆で胸が破れそうだよ! どうせなら私と心中してくれれば良かったのに!」

 半分か、それ以上かはやりすぎな反応に、途中から説明に加わっていた中島が思わず太宰に冷ややかな視線を向ける。先程の天宮以上に不謹慎だ。

「……。」
「しかし安心したまえご麗人。稀代の名探偵が必ずや君の無念を晴らすだろう! ねえ、乱歩さん?」
「ところが僕は未だ依頼を受けていないのだ。名探偵いないねぇ。困ったねぇ。」
「そうですね。何せこちらの刑事さんは小生らを帰そうとしてますものね。……えと、梶浦さん?」
「箕浦、だ。いい加減に覚えろ。まさか、わざと間違っているのか?」

 箕浦の意見も尤もである。天宮は、だがどうしても壊滅的に人の名を覚えるのが苦手なのだ。そう、そこに興味が無いから。
 因みに中島の名前を覚えたのは、太宰が複数回呼んだからだ。

「いいえ、滅相もない。人には得意不得意がありますから、そろそろ名探偵たる乱歩さんに事件の解決を依頼されては? とのご提案をしたかっただけです。」

 どこか薄っぺらい笑顔である。その時、気儘に辺りを見回していた江戸川が素早い動作で近くの巡査を指差した。

「君、名前は?」
「え? じ、自分は杉本巡査です! 殺された山際女史の後輩――であります!」

 敬礼をする杉本。手首に腕時計をしており、天宮には反射する太陽が眩しく感じられたのか目を細めた。彼の肩に手を置いた江戸川はそのまま明るく言い放つ。

「よし杉本君、今から君が名探偵だ! 六十秒でこの事件を解決しなさい!」
「へぇっ!?」

 突然の無茶ぶりに杉本は目を白黒させる。だが時は無情なり。江戸川が懐中時計を持ち出し、時間を計り始める。

「へっ、あ、えー!?いくら何でも六十秒は……」
「はい、あと五十秒。」

 天宮はその様子を見て口笛を吹く。江戸川が楽しそうにしているのが好きだと、普段から公言している天宮にとって、玩具たる杉本に憐憫の情など抱く訳もない。

「えーと、あっと、そ……そうだ!」

何やら思い付いたらしい。

「山際先輩は政治家の汚職疑惑、それにマフィアの活動を追っていました! そういえば! マフィアの報復の手口に似た殺し方があった筈です! もしかすると先輩は捜査で対立したマフィアに殺され――」
「違うよ。」

 冷たく杉本の推理に割り込んだのは太宰だった。先程まで薄っぺらい笑みを浮かべていたのが、まるで嘘の様に表情が無い。

「マフィアの報復の手口は身分証と同じだ。細部が身分を証明する。マフィアの手口はまず、裏切り者に敷石を噛ませて、後頭部を蹴りつけ顎を破壊。」
「そして、激痛に悶える犠牲者をひっくり返して胸に三発。ドン、ドン、ドン、だ。順番も大事だよ。場合に依っては顎を破壊してから撃つ迄に明確に時間を決めている奴もいる。確か三十秒だったかな?」

 対して天宮は薄っぺらい笑みを浮かべた儘説明を引き継ぐ。外見が子供に見える天宮から飛び出した説明は、実に簡潔的で故に恐ろしい。
 江戸川が僅かに驚いた顔をしてるのが楽しいだけかもしれない。それとも中島が嫌そうな顔をしているのが面白いのだろうか?

「た、確かに、正確にはそうですが……」
「この手口、マフィアに似ているがマフィアじゃない。つまり――」
「犯人の……偽装工作!」

 箕浦が太宰の言葉を引き継いだ。天宮が頷いて見せる。口元は笑っていたが、目は真剣の様に鋭かった。――それが、正解なのだろう。
 それを聞いた杉本は何とも痛ましそうな顔をした。

「そんな……偽装の為だけに、遺骸に二発も撃つなんて……非道い。」
「ぶー!」

 そんな杉本のしんみりとした雰囲気を江戸川が粉微塵に破壊する。杉本の背後から大声で時間切れを端的に告げた後、彼の頭をだむだむ叩き始めた。

「はい時間ぎれー! 駄目だよ君、名探偵の才能ないよ!」
「そうですねぇ。もしかしたら彼には犯人の才能も無いかもしれませんねぇ。巡査、ですし。ねぇ、杉本巡査?」

 名前を間違えなかった天宮が笑う。その何方にも何の反応も出来ない杉本。冷や汗をかいている様にも見える。
 天宮が思い出した様に付け足した。

「そう言えば、で思い出しましたが、最近そんな情報を綺麗なお嬢さんに渡した話を聞きましたねぇ。確か総額は十億の単位を下らない規模だったかな? お嬢さんはマフィアの方こそ掴めなかったけれど、汚職の方はしかと掴めたし先ずは……と意気込んでいたとか。そうかー、山際女史か。まぁ、キミの情報提供は無駄でなかったよ、杉本クン?」
「何故あなたがそれを?」

 杉本が訊ねる。天宮は器用にウィンクをして答えた。

「それは企業秘密で。」
「でも名探偵程に推理出来てないから失格だね! 僕ならば犯人が誰で、何時どうやって殺したか、またどこに証拠があってどう押せば良いのかが瞬時に分かる!」

 天宮がそれに対して何かを言う前に、箕浦が苛立ちを見せた。

「あのなぁ、貴様! 先刻から聞いていれば、やれ推理だやれ名探偵だなどと通俗創作の読み過ぎだ! 事件の解明は即ち、地道な調査、聞き込み、現場検証だろうが! 後、お前。何故、杉本や山際は覚えて俺は覚えない。」
「小生、詰まらない人の名前は覚え難いんです。堅物で頭が石で、言うことさえも硬質なのって水に合わないのだよ。」
「紅大と同意見だね。」

 同調したのは江戸川だった。太宰は面白そうに見ているだけで口出しをしようともしない。むしろ慌てる中島を押さえて、止めようとするのを阻止する。

「敦君、よく見ておきな。」
「何でですか!」
「今回は紅大も中々直情的だけど、あれは乱歩さんの機嫌を損ねない良い手段だ。君もよく知っての通り、乱歩さんは言動が子供に見える。下手に拗ねると事件解決をとても渋る。」
「……何で……」

 中島の口から出かかった疑問は、天宮によって封殺された。

「それに通俗創作を読んで何が悪い。本は小生の心の友だぜ? 本だけが友な訳では無いけれど、それでも心外だ。キミはどうやら面白さ(ユーモラス)だけではなく、諺も知らないのかい?」
「ほぉ? どんな。」

 箕浦が威嚇する様に笑う。それに合わせて天宮も同じ様に嗤った。

「〈事実は小説よりも奇なり〉。通俗創作の類いも面白いが、事実の方が段違いで良いものだ。武装探偵社の社員は軍警よりは優秀であるし、その中でも乱歩さんは誰にも比肩出来ぬ程に優れている。何なら丁度良い。この事件で証明してやっても良い。ねぇ、乱歩さん?」
「ああ、全くだ。僕が一人居れば、軍警等役立たずだって証明してやろう。」

 天宮と箕浦が僅かに睨み合う。それを見た中島が声を漏らす。

「これは、流石に止めた方が……」
「真逆!」

 太宰が笑った。

「むしろ、一番穏便に終わるよ。」

 太宰のその一言と箕浦の一言は同時に発せられた。

「面白い。そこまで言うなら見せて貰おうじゃないか。その、めーたんてーとやらの能力を!」
「おや、それは依頼かな?」
「見事に推理を外して俺に叩き返される依頼だな。六十秒計ってやろうか?」

 江戸川は薄ら寒い満面の笑みを浮かべた。

「そんなに要らない。」

 江戸川は懐から黒縁眼鏡を取り出す。太宰は中島に囁いた。

「敦君、よく見てい給え。あれが探偵社を支える能力だ。」

 天宮が何かを確信した笑みでもって箕浦を見る。箕浦も自身の勝利を確信した笑みで江戸川を見る。杉本は固唾を飲んだ。少々勿体ぶる様に江戸川は眼鏡を掛け、その体勢でしばし考え始めた。
 狐目の江戸川の瞳が開かれる。美しい翡翠が見えた。どこに焦点が合っているのか、皆目検討がつかない瞳が少し揺れ、軈て笑みを浮かべ直す。

「……な・る・ほ・ど。」
「犯人が分かったのか?」

 箕浦が江戸川に聞く。江戸川は頷く事なく肯定を返す。

「勿論。」
「くくっ、どんなこじつけが出るやら……犯人は誰だ?」

 江戸川は人差し指で犯人を指した。
 
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