傍観者の干渉

□探偵の哄笑
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「犯人は君だ。」
「は……?」

 彼は理解出来ない様に口を開ける。箕浦は耐え切れない様に笑い始めた。

「くっははは‼ おいおい、貴様の力とは笑いを取る能力か? 杉本巡査は警官で俺の部下だぞ!」

 箕浦が云うように、江戸川は杉本を寸分違わずに指差していた。箕浦は声をあげて笑うが、江戸川の笑みは確信に満ちていた。

「何故、現職の警官が犯罪を犯さないと決めつけているんだい? そもそも死んでいるのは現職の警官でキミの部下じゃあないか。並大抵の奴ならば、女性とは言え返り討ちにするだろうに。」
「杉本巡査が、彼女を、殺した。」

 天宮が冷静に指摘をする。江戸川も意見を変えない。だが、箕浦はまだ認めない様だ。

「莫迦を云え! 大体こんな近くに都合よく犯人が居るなど……!」
「犯人だからこそ捜査現場に居たがる。」

 江戸川の意見を補強するかの様に天宮が口を挟む。

「〈事実は小説よりも奇なり〉。それに乱歩さんは「どこに証拠があってどう押せば良いのかが瞬時に分かる!」と仰っていたでしょう?」

 天宮が途中声を変えた。江戸川の声と全く同じだ。遺体は見慣れていても、声帯模写には慣れていないらしい。硬直する箕浦を尻目に、江戸川が杉本に聞く。

「杉本巡査、拳銃貸して。」
「ば、莫迦云わないで下さい! 一般人に官給の拳銃を渡したりしたら、減俸じゃ済みませんよ!」
「否、小生たちは武装探偵社だから、単なる一般人ともまた違う。軍警には劣るけれども、捜査権は一応持ち合わせている。強権は発動したくない。ここは早々に渡すべきだよ、杉本クン?」

 天宮が嗤う。見れば杉本は必死に思案している様だ。だが、その杉本を庇う様に箕浦が言う。杉本を腕で制したのだ。

「そのとおりだ。何を云い出すかと思えば……探偵って奴は口先だけの阿呆なのか?」

 心外そうに天宮が何かを言おうとしたが、今度は江戸川が腕だけでそれを制した。
 渋々、と言った様子で江戸川に従う天宮。その顔には思い切り「不満」と書いてある。

「その拳銃を調べて何も出なければ、僕は口先だけの阿呆ってことになる。」
「……ふん。貴様らの舌先三寸はもう沢山だ。杉本、見せてやれ。」
「で、ですが……」

 杉本の変化に気付かずに箕浦は言う。

「ここまで吠えたんだ。納得すれば大人しく帰るだろう。これ以上時間の無駄にはできん。銃を渡してやれ。」

 だが、杉本は動かなかった。――否、動けなかった、が正しいのか。

「おい、どうした。」

 痺れを切らした箕浦が杉本に言う。ようやく箕浦が杉本の変化に気付けた様だ。太宰も、中島も静観する中で江戸川と天宮が口を開く。

「いくらこの街でも素人が銃弾を補充するのは容易じゃない。官給品の銃であらば尚更。」
「九(ミリ)口径の回転式拳銃(リボルバー)。装弾数は四発。本来は五発だが、一発は確か空砲で無かったかな? 場合に依っては全弾入れている可能性はあるが、通常は四発のはずだ。暴発を危惧してね。通常銃弾はサーティーエイトスペシャル。コイツは撃った事のある奴ならば、勿論御存じだろうが……とても良い弾でね。良好な精度と制御しやすい反動で評価されている。回転式拳銃だけでなく、自動拳銃やら他の拳銃でも並々ならぬ人気を未だ誇る良い奴だよ。だが、今のこの国では手に入りにくい。」

 江戸川は其処ら辺の知識は天宮に話させる心算らしい。江戸川は拳銃を所持した事が無い為、解説も机上の空論だからだ。
 だが、その楽しげな口上も一時停止する。杉本が何も言わないからだ。天宮が江戸川と杉本との間に入り込む。江戸川寄りに立って、腕を組み彼をじぃ、と見詰める。箕浦はまだ彼が犯人でないと信じている様で、眉を寄せた。

「何を……黙っている杉本。」
「彼は考えている最中だよ。減った三発分の銃弾について、どう言い訳をするかをね。」
「オイ、杉本! お前が犯人の筈がない! だから早く銃を渡せ!」

 杉本が出した答え。それは回転式拳銃の撃鉄を下ろすことに現れた。撃鉄を下ろせば回転式拳銃の回転部分は回り、銃弾が装填される。

「マズイ。」
「!」

 後は引き金を引くだけだ。太宰の呟きに中島が反応する。銃口は江戸川……否、その前に立つ天宮に向いていた。身長差が約七寸もあるとは言え、天宮と江戸川の身長差は大体頭一つ分になる。そのくらいあれば弾除けにはなる。天宮は動じる事なく杉本の方を向いていた。「撃ちたいならば撃て」と言わんばかりに。江戸川も微塵も動かなかった。
 顔色を変えたのはその二人以外だ。

「行け、敦君!」

 太宰が中島を押す。中島は情けない声を出しつつも杉本を制圧した。
 手離された拳銃は天宮が取り上げ、地面に向けて発砲。これで装弾数は……零だ。

「お、やるねぇ。」
「白々しい。」

 そう言い捨てる天宮に肩を竦める太宰。それに対しては何も言わずに天宮は江戸川の横に立った。
 中島を背に乗せたまま地に伏す杉本に寄り、しゃがんで江戸川は笑う。

「離せ! 僕は関係ない!」
「逃げても無駄だよ。」

 名探偵は事件を解決するもの。そこに真実の開陳が必要ならば、それは粛々と実行されるのだ。

「犯行時刻は昨日の早朝。場所はここから百四十米上流の造船所跡地。」
「なっ、何故それを……!」

 こう言ってしまえば自分が犯人だと証明してしまった様な物。江戸川は笑顔のまま立ち上り、言う。

「そこに行けばある筈だ。君と被害者の足跡が。消しきれなかった血痕も。」

 押さえている中島が驚愕の表情で江戸川を見上げる。対して杉本は地面を見詰めた。

「どうして……バレるはずないのに……」
「続きは職場で聞こう。」

 そんな彼の肩を叩いたのは箕浦だった。冷たい鉄の音は、無論言わずもがな、であろう。

「お前にとっては……最後の職場になるかも知れんが。」
 
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