傍観者の干渉

□探偵の哄笑
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 取調室で箕浦と江戸川と天宮が聞いた事件の経緯は簡単な物であった。よくありそうな、在りふれたが故に悲しい話だ。
 杉本は昔から警察官に憧れており、しかし、試験に三度落ちた。その時にとある男に話し掛けられたそうだ。「どうしても警察官になりたいか?」と。正に悪魔の取引と言えよう。
 全知全能の唯一神は、悪魔を人間への試練としてお造りになられたのだそうだ。
 その悪魔の大半が堕天した天使か、他宗教の神々であるのは、どんな皮肉と言えば良いのだろうか。神や、人間を近くで見た天使なのだから人間の事は確かに熟知しているであろう。悪魔の取引は甘美だが、乗ってしまえば行き先はただの地獄だ。
 杉本もその例に漏れなかった様で、警察官になれたが、それと引き換えにその男――とある政治家の汚職の隠蔽をしなければならなくなったらしい。
 ある日、山際女史はとある政治家の汚職の証拠を得てしまった。杉本はそれを知り彼女を説得しようとした。「自分が証拠の奪取に失敗すれば、次は殺し屋がやってくる。」「相手は本気だ」と。
 山際女史は警察官として立派な人物だった様で、杉本のそれを断ったらしい。「ならば此方も本気になるだけよ」と言われれば、杉本は何も出来なかった様。
 だから説得の仕方を変えた。山際女史を命の危険に晒すのではなく、杉本自身をそれに晒した。証拠を渡さねば自分を撃つ。だから、と。
 揉み合いになった末に、誤って山際女史に銃弾が発射されてしまった。
 一発。
 たかが一発、されど一発。それが山際女史の命を奪った。
 窮地に立った杉本を救ったのは当の悪魔だったらしい。その政治家は杉本の連絡を受け、マフィアの仕業に見せ掛ける様に指示。
 だが、杉本はどうしても彼女の顎を破壊出来ず、遺体を川に流したのだそうだ。
 ――同じ型番(モデル)の、紳士用と婦人用の腕時計を互いに購入する程の仲なのだ。致し方あるまい。
 「ごめんなさい」と言い置き、彼女は死んでしまった。遺された者は、彼女がやり遂げ様としたことを引き継ぐ事によって、彼女の無念を晴らすのだろう。

「……乱歩さん。」
「んー?」

 探偵社への帰り道。後ろの太宰と中島の会話の内容を知りながらも、放っておく天宮は、一度足を止めて江戸川を呼んだ。

「乱歩さんは男女が腕時計を贈り合う意味を御存知で?」
「さぁ? それは知らないなぁ。」

 暗に続きを促す江戸川。どこか浮かない顔をした天宮は意味を告げる。

「男性から女性へは〈同じ時を歩んでいこう〉、女性から男性へは〈貴方の時を束縛したい〉……です。」
「ふぅん? それで君は山際女史の事を考えていた訳か。」
「おや、お見通しでしたか。」
「名探偵だからね。」

 肩を竦める江戸川に天宮は自分の考えを告げる。

「わたしがもし、そこまで想う人に殺されたのなら……とね。やはり最期の言葉はごめんなさいかな、と。」
「へぇ? 何で。」

 興味深そうに天宮に訊ねる江戸川。天宮は少し寂しそうな笑みを浮かべた。

「想い人に殺される、つまり自分を殺した想い人はその後の人生が滅茶苦茶になる訳です。現代では前科が付きますもの。ええ、滅茶苦茶でしょうね。だから、〈同じ時を歩んで〉行く事は叶わなかったけれど、〈貴方の時を束縛したい〉願望は叶う訳だ。呪いの様に付き纏うでしょうね。」

 一度目を閉じた天宮は、何かを殺した様に平坦な声で、結びを口にした。

「だから、ごめんなさい。わたしの願いだけが叶ってしまいましたね、と。」
「……まぁ、彼女のごめんなさいは違うごめんなさいだとは思うけど。」
「だからぁ、小生の場合を話していたのであってぇ。」

 ケタケタと笑う天宮からは、既に寂しそうな雰囲気が消えていた。江戸川はそうと知りながら同じ様にケタケタと笑うのだった。
 
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