図書館と司書と文豪

□例えばこんな思惑
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 天宮はリクエスト通りにおはぎを用意すれば、その量に小林は無感動ながらも瞳を輝かせた。まるで、クリスマスプレゼントを貰えた子供の様に見える。今度は悟られない様に笑って、天宮は洋菓子へ手を出す。
 小林は小林で次々とおはぎを食べて……むせる。今度は耐えきれずに笑ってしまったが、致し方無いであろう。立ち上がり、叩く。非力な天宮が叩いた所で、特に痛くも無い。寧ろ気休め程度の効果は表れた様で、気恥ずかしそうに礼を言った。

「……ありがとう。」
「いいえ。この程度は何でもないさ。所で、こっちにまでやって来た要件とは?」
「――そうだった。」

 大量のおはぎに気を取られ、どうやら忘れていたらしい。小林は咳払いを一つして、席に着いた天宮を見る。
 天宮は真正面からその視線を受け止め、彼の言葉を待った。

「織田と菊池と江戸川が揃ってあんたの部屋から出て来て、不審に思ったんだ。一体、何の話だったんだ?」
「……昔の話だよ。キミらが直接は観測できないであろうそれは、もしかしたら未来とも言えるかもしれないし、過去なのかもしれない。少なくとも私はそれを現在とは呼ばない。」

 小林の視線が鋭くなった。余計な修飾は入れない方が良かったらしい。だが、そんなおはぎをたくさん食べながら睨まれても、可愛らしいとしか思えないのだが。
 笑わない様に極力気を付けて、天宮は簡潔的にここで話した事を小林に伝える事にした。

「端的に言えば、司書の昔の話だよ。キミが受けた拷問よりも、表向きは大人しかったけど、アレは子供が受ける仕打ちでは無い。程度で言えばどっこいどっこいだ。」
「……なるほど。だから、か。」

 二重の意味で納得したらしい。小林には実に身に覚えがあるだろう。何せ虐殺されているのだから。
 嫌なものを思い出した、と言いたそうな顔をする彼に、天宮は笑って告げる。

「現在では一応共産党も合法化しているさ。……ただ、キミから見れば噴飯物だろうがね。」
「……深くコメントは返さない。でも、幼い子供があんな目に遭ったと聞いて黙ってられる訳でも、ない。」

 ある意味予想通りの返答。天宮は安堵の息を漏らす。良かった。これで〈彼〉との約束を守れそうだ。
 そう言えばと、小林は天宮に問う。

「なんであんたが司書さんの昔話を知ってるんだ?」
「彼女の家庭は複雑でね。戸籍上の遠い親戚から、色々と聞かされたのさ。そもそも私と彼女が出会ったのは、彼女が小学校六年生の時だ。傍目から見ていて、昔の方が実に陰鬱としていたから目が離せなくてねぇ……」

 彼らには話していない事だが……月村が中学校二年生の時、彼女の研究成果を文部科学省に認めさせたのは天宮だ。勿論空間物理学の共同研究、と言う形で、だ。
 あまり大きな話にならなかったのは、本家の力であろう。天宮とあの本家はほとんど不干渉状態である為に……政治力を働かせたのであろう。真に、奇妙な状態だ。

「納得ついでに一つだけ種明かしをしよう。私が此処の図書館で司書補助をしている傍ら、外でもチロチロ動いているのは御存知かね?」
「たまにいなくなるからな。」

 あれだけあったおはぎがもうすでに目視で数えられる程度にまで減っている。恐ろしい。だが、一か所に留まって悠長にご飯を食べる暇が無かったのか、と思うと生前を垣間見た様で思う物はある。
 天宮は共産主義には賛同しない。だが、権力に良い思いを抱いていないのは小林と同じであった。奇妙な共通点であろう。本人にわざわざ告げる事ではない。内緒にしておくべきだろう。
 思いながら、天宮は続きを口にした。

「最近ねぇ、外の連中が若干騒がしくなって。何をどう吹き込まれたか勘違いしたか、うちの司書を国外追放しろ、と騒ぎ立てているのさ。全く以て嫌な話だよねぇ……」
「何だって……!?」

 それが本当ならば、黙ってはいられない。この図書館は小林にとって安心できる場所だと言うのに。だが、天宮は虚偽を口にしている訳ではない。真実だ。
 人から文学の記憶が薄れかかっている。既に対応が後手に回っている事からしても、実にこれは好ましくない結果をもたらすであろう。――そう、文学の糾弾。
 既に現代に生きる作家たちが苦しい思いをしている。慈善活動では無いが、天宮は密かに保護をしては匿っている。この部屋の書架には、そうした原稿から出来た本が収まっていた。
 彼らの言い分としては、文学とは究極の無駄である、と。天宮もそれを否定はしない。だがそういう輩に限って、他の美術に関しては何も言わないのが苛立つのだ。
 “文学否定派”の奴らは実に目障りな蠅と化している。五月の蠅よりも厄介極まりない。――それが世論になりつつあるから、余計に。
 文豪たちは基本的に外出をしない。たまに何か珍しい題材を求めふらりと外へ出るが、見事な事にすぐに帰って来る。此処に転生してくる文豪は、基本的に江戸時代から昭和時代の辺りを生きた者たちだ。ならばこの現代日本は耐えきれまい。だからあまり知らないのだろうが……水面下での“文学肯定派”への弾圧が厳しくなっている。
 天宮は、外出先で彼らが何かしらの迷惑に出遭わない様に、そろそろ外出届の受理を一時的に停止しようかとも思っている。非常に面倒な悩み事である。

「文学の素晴らしさを忘れた奴らがね、調子に乗っているらしいのだ。実に残念極まりない。これだから思考の停止や、低能の増加などが……何でもない。愚痴だ。忘れてくれて大丈夫だよ。」
「気にしてない。……そうか、外はそんな事に。」

 小林が呟く。天宮は其れを見て、にぃ、と実に悪夢的に笑った。

「だからね、革命を潰そうと思って。其れの準備をしているのさぁ。……手伝ってくれる?」

 ――その悪夢的な誘いに、小林は考えさせてくれと答えた。
 
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