“文豪”たちとボク

□熱く甘いキスを五題
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恋の味を教えて差し上げましょう



 ――ラウラは何だかんだと夢見がちな乙女の側面も持ち合わせている。
 外見はどちらかというと小学生女子に見えなくも無いが……それは身長が低いからだ。中身はただの達観した所も持ち合わせた、少し不安定な思春期女子である。どこか世間知らずな、それこそお姫様のような姿もあるように見えるのは、地に足が着いていないと思わせる文章の描写から来ているのかもしれない。
 それはそれとして、ともあれ夢見がちな乙女みたいな一面も持ち合わせているが、やはり文士……もとい、物語を記す人物は何かしら変人な所がある。例えば。

「……ら、ラウラ?」
「? あ、三好先生。おはようございます」

 土曜日の昼時。ラウラは食堂でご飯を食べていた。本日のメニューは焼き鮭定食だ。ラウラは何だかんだと焼き鮭定食を好いているらしく、黙々と食べていた。
 この人が一人でいる姿は珍しいが、三好の記憶が正しければ保護者……もとい、坂口と江戸川とその周辺は、それぞれ潜書等々で今はいないのだったか。三好も一応その周辺にカウントされるのかもしれないが、この場合のその周辺とは、無頼派三羽烏の残り二羽をさす。
 そこまでは良い。問題はラウラが「こんにちは」ではなく「おはよう」と挨拶した事。そしてその大根おろしが入った器周辺に転がる、十を下らない例のブツだ。

「ラウラ、また夜遅くまで起きてたんすか!? ちゃんと寝ないとダメっすよ! それと、そのガムシロップは……」
「え、えぇと……その、えへっ?」

 矢継ぎ早に投げられた言葉に対応しきれずに、ラウラはニヘラと笑った。
 自身はそう思ってはいないらしいが、ラウラはかなり可愛い。普段は柔らかい、フワフワとした笑顔を浮かべているからそう見えるのだが……ふとした瞬間に見せる真剣な表情はむしろ美しい部類に入る。
 氷のような、とも称せるその表情と、普段の柔らかい表情とのギャップに魅せられている“文豪”も多いと聞く。
 それにほだされそうになりながら、三好はブツを指差す。ガムシロップのポーションだ。

「えへっ、じゃないっすよ。何すか、この量!」
「えぇっと……その、昨晩お風呂に入っていて、大根おろしにガムシロップ入れたら最の高なのでは無いのだろうかと思い付きまして……その、そうしたら案の定辛くなく甘ぁい大根おろしが完成しまして、これはユートピアなのではなかろうかと……えっと……」

 しどろもどろになりながらも、あちらこちらに視線を走らせる。
 三好の周りにいる者――特に無頼派。特に無頼派――はどうも自分の身体を気に掛けない者が多い。それよりも小説を著したいのは三好も分かる所だが、健康な肉体を有していないと後に大変なのは自分なのだ。
 それなのに自分を顧みない者が多すぎて、いつの間にかに三好はそうした者たちに世話を焼くようになっていた。
 ラウラも基本的には他を気に掛ける動きが多い。特に無頼派へ。江戸川は無茶をしないからあまり気にはしていないらしい。ともあれ、ラウラは基本的に他は気にする。しかし自分は気にしない。自分は気にしないのだ。
 侵蝕されている状態が一番筆が進むからと、軽度の侵蝕での補修は拒む。筆が進んでいる間は寝食を忘れて机に向かう。食べる時と食べない時との落差の激しさも心配の種だ。
 それでよく他人の事が言える、とは思うが……不思議と病気にはそれなりに強い。治癒力が高いのか、心のではなく体の傷なんかは大抵十分も放って置けば問題ないくらいにはなる。だからなのだろうか。分からないが。
 そんな訳で、半日眠っているかと思えば三時間しか眠らない事もざらにあり、また極度の甘党であったりもする。
 バカみたいにミルクティー入りガムシロップを摂取するのだから、三好としては一日三食八時間睡眠をしてほしい人上位にカウントしている。因みに織田も上位にランクインしている。

「その、最近ちょっと野菜足りていないのかも? とか思うと、ちょっと心配になりまして、ならせめて好物を摂取したいなぁ、と。大根おろしは嫌いで無いのですが、えっと、辛くて中々大量に食べられないのが難点だったので、チャレンジ精神発揮したら、その、成功したんです……」
「大根だけじゃなくて、レタスとか、人参とか、他のも摂らないとダメに決まってるじゃないっすか!」
「糖分と野菜が一度に摂れる素晴らしい発明――うぅ、そんな目で見ないで下さいよぅ……」

 呆れてモノが言えない、とはこのことである。三好のやや冷たい目線に晒されては、しょんぼりとするラウラ。しかし大根おろしを食べる事は止めないのか、大根おろしだけおかわりしに行っている。
 そうしてまた新たにガムシロップのポーションを掴み上げ……ようとして、しょうゆに手を伸ばした。三好の冷たい目線に耐えきれなかったのだろう。ついでに鮭に添えられている大葉も、おかわりを求めていた。好きなのかと思えば、大根おろしと共に食べる心算らしい。
 食堂のおばちゃんおじちゃんは、普段は中々食べようとはしないラウラが、どういう風の吹き回しか、積極的に食べようとしているのが嬉しいのか……はたまた孫が恥ずかしがりながらもおかわりしているような感覚なのか、ともあれ陽気にそれに応じていた。
 ただ、三好は一抹の不安を感じざるを得ない。ラウラがたくさん食べている時は大抵無茶する前か、無茶した後と相場が決まっている。止めてほしい。
 どうもラウラは図書館を頭に飼っていると称しては、そこに意識を飛ばすことがある。深く考え事をするスイッチとしてそう言っているらしい。
 そのスイッチが入ると頭をフル回転させるとかでエネルギーが切れやすいのだとか。糖分は頭のエネルギーだ。過剰に見えるほど糖分を摂取しておかないと、後々に大変な事になるのだろう。そして本人もそれがどうでもよくなるほど食べる事に執着しない。
 そう言えば、森から聞いたのかは失念していたが、糖分を摂取するのは愛情の代替がどうたら。ラウラ自身に聞いたのかもしれない。その話を考えるにラウラは愛情に飢えているのだろうか……

「……? その、どうされました……?」
「いや、何でもないっす」

 そんなことがある筈がない。三好はなんとかその思い付きを頭から排して、肩を竦めた。
 
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