“文豪”たちとボク
□言葉遊びの美しさよ
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エリファスは少しばかり不機嫌になる。気紛れにラウラが男に句を詠んだのが気に食わなかったのだ。
死に逝く者の餞別にしては中々に豪奢では無いか。……少しばかり子供のように駄々をこねて、困らせてやりたい、との思いも合わさって、銃を本に戻したラウラに文句を言う。
「句を詠んであげるような輩の殺戮は、楽しかったか?」
周囲には屍が転がっている。それの処理は政府が勝手に行ってくれる。メールだけで簡潔に状況だけを伝えながら言った言葉に、しかしラウラは何の感想も抱かなかったようだ。
いつもの様に無邪気な笑顔を、少しだけ困り顔にしては言う。
「生きとし生けるモノは、いつかは死ぬ事が……その、定められておりますので、サテ。生き急いだだけのようにも思います、よぅ」
そう言った後に、ラウラはエリファスにそうっと近寄ると片膝を着いた。面白いので黙って見ていると、恭しくエリファスの右手を掬い上げる。
女性にしては小柄である方のラウラと、日本においては高身長であるエリファスではかなりの身長差がある。騎士が姫に傅くような格好はつかなかったが、これは此れで面白い。
上手な事に可愛らしいリップ音を立てては、ラウラは指先へキスを一つ落とした。
「――奇なるや、月も傅く君の夢。彩戴くも、暗まぬ先を。……その、召喚される前に思い付いていた句なのですが、その……えぇっと」
よく見れば耳まで赤くなっている。笑顔が消えて恥ずかしそうな顔をしている。うー、だとか、あーだとか好き勝手に呻いている。敢えてそんなラウラを放置しながらエリファスは、その句と先程詠んだ句を同時に頭に思い浮かべては、言いたかったこと、言いたい事を察していく。
月傅く、とはラウラの事を遠回しに表しているのだろう。ラウラ……Lauraは、月桂樹もといローリエを名前にした言葉だ。
そして、ラウラは頑ななまでにエリファスを「司書さん」と呼ぶ。理由は本人が言ったように「幽世の人間が呼ぶ」のが云々。正直今更な話だとは思うが。それはそれ。
詰まる所、ラウラはその「奇なるや」の句をエリファスに捧げようと思いついた所で、当の本人に召喚されたのだろう。そしてそれの照れ隠しに句を冥土の土産に詠んだら、エリファスが拗ねた、と。
詩人が一人の存在の為に句を詠むことの特異性を、お分かりだろうか? 本来、歌とは『古今和歌集 仮名序』にもあるように、人の仲を取り持つ為にも存在する。歌と、詩は同じ発音をするならば、つまり、ラウラは一人の為に詠うことは無い筈なのである。場を和らげ、和やかにするのが詩なのだから。
そして、「奇なるや」は恐らく「珍しい事もあるものだ」とか言った意もあるのだろうが、エリファスに捧げるとなればそれはまた違った意味も齎す。
表向きの意味としては「珍しい事があるものだ。あの美しい月でさえあなたの夢を大切にする。どれほど色豊かになれど、未来は暗くならないでしょう」になるのだろうか。だが、前提を変えるならば……
エリファスは変な所で初心なラウラへ、からかうように笑った。
「告白かな?」
「ヒェッ」
これ以上がないと思えるほどにラウラの顔が赤くなった。ラウラは言葉を無くしたかのように、袖で顔を隠した。もはや答えであろう。だが、エリファスは知っている。その告白は恋愛の告白ではなく「この先もあなたのお手伝いをする」と言った意味合いになる。
それにしても中々ギリギリな告白である。クスクスと笑うながらエリファスはラウラに訊ねる。
「月桂樹の花言葉は知っているか?」
「月桂樹全般であったら……『栄光』『勝利』。花は『裏切り』。葉は『私は死ぬまで変わりません』……です、ね」
なんだ、分かっているのか。そう言おうとした瞬間に、ラウラは顔の下半分を服の袖で隠しながらもエリファスを見上げた。
顔は未だ赤かったが、何か言いたそうな視線。表情だけで先を促すと、暫くしてからラウラは言った。
「……ぼ、ボクは未だ咲いていないので」
「――そう来たか!」
女として未熟である事を暗に示してはいるが、その回答は気に入った。
愉快で面白くて。エリファスは衝動の儘にラウラを抱え上げてはくるりと回る。突然の行動にラウラは身を固めるが、ラウラを降ろしたエリファスは抱いていた不機嫌を忘れて、声を上げて笑った。
――因みに図書館に帰ったラウラは、徳田に平謝りしていたが……色々な意味で取り越し苦労ではなかろうか。