短編集

□一筋の光
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 私は姫で、彼は忍び。
 決して結ばれることのないこの想いは、伝えることすら許されない。

 姫である私は、有名な武将との婚約の話が出ていた。

 相手は甲斐の虎とも呼ばれている武田(たけだ) 信玄(しんげん)
 家臣は槍の使い手である真田(さなだ) 幸村(ゆきむら)
 そして、真田率いる真田十勇士(さなだじゅんゆうし)

 天下を取るのは、尾張の織田(おだ) 信長(のぶなが)、奥州の伊達(だて) 政宗(まさむね)、甲斐の武田 信玄ではないかと噂されている。

 そんな武将の一人と今回の話、母上も父上も大喜びで受けた。
 私の気持ちなど関係なく。

 皆私が信玄様と結ばれることを望んでいる。
 私の我儘ではどうにもならない現実だ。

 この国の姫である私は、自分の幸せなど考えてはいけない。
 だからそっとこの気持ちに蓋をする。



佐助(さすけ)、佐助」

「んな何度も呼ばなくても聞こえてますよ」



 どこから現れたのか突然部屋に現れた佐助。
 彼は私が呼べば、いつでもどこでも駆けつけてくれる。

 少しぶっきらぼうだけど、本当はとても優しくて誰よりも大切な私の想い人。



「で、何の御用ですか」

「佐助の顔が見たくなっただけよ」



 そんなことで呼んだんですか、と溜息を吐かれしゅんとしてしまうと、頭をポンポンと撫でるように叩かれ、顔を上げれば、んな落ち込むことないでしょう、と優しい言葉をかけてくれる。


 その時、廊下から女中の話し声が微かに聞こえてきた。

 内容は明日の事だ。
 私と信玄様の初の顔合わせ。
 もしこれで上手くいけば、私は信玄様と祝言を挙げ、共に甲斐のお城で暮らすことになる。

 女中達は、羨ましいわよね、なんて話していたが、代われるのなら代わってほしいのが本音だ。
 だが、その本音は口に出してはいけない。



「明日上手くいけば、私は甲斐の姫になるのよね。そうなれば、佐助も私の世話係兼護衛をしなくて済むのだから楽になるわね」

「そうですね。これで俺は、このお役目から開放されるわけですし」



 嬉しそうに言う佐助に胸がチクリと痛む。
 少しでも寂しがって引き止めてくれたら。
 そんな夢のようなことを考えてしまう自分が嫌になる。

 この気持ちには蓋をしたのだ。
 望んではいけない。
 そもそも佐助が私の事など妹くらいにしか思っていないことは知っている。
 それでも、痛む胸まではどうすることもできない。



「佐助、城下に行きたいわ」

「姫さん、アンタ自分の立場わかってますか?」


 立場なんて生まれたときから決まっていたのだからわかっている。
 でも、もし明日上手く話が纏まれば、佐助と会うことも出かけることも出来なくなってしまう。

 話が纏まらなかったとしても、そろそろ私も身を固めなくてはならない。
 父上が別の方との話を持ってくるのは目に見えている。

 だからこそ、今佐助と居るこの時を大切にしたい。

 だが、そんなこと佐助に言えるはずもないため、明日信玄様にお会いするのだから、新しい髪飾りを見に行きたいのです、と適当な理由をつけ渋々承諾を得た。

 一緒に馬に乗ると、背中に佐助の体温を感じる。
 忍びのため正体を隠さなければならず、お城以外ではいつも変装をする佐助。
 でも今日は女装ではないため、忍び装束から男物の着物に変え、普段上で一つに結っている髪を下で結んでいるだけだ。

 女装の際は、キレイに化粧をほどこし、女物の着物を着て髪をおろしている。
 そして、香り袋を忍ばせているため完璧な変装だ。
 外見だけでなく香りにまで気をつける。
 流石優秀な忍び。

 いつも一緒にいるため忘れがちだが、佐助は忍びの中でもかなり腕の立つ人物。
 今は私のお世話係兼護衛をしているが、私が祝言を挙げる方の元へ行けば、佐助は再び忍びとしての任務につくことになる。

 そんなことを考えている間に城下につき馬から降りると、二人髪飾りの売られているお店へ向かう。

 本当は適当な口実だったのだけど、折角なので、信玄様にお会いするのだからしっかりとした物を選んでおくことにしようと、並べられている髪飾りを眺める。

 複数ある髪飾りの中で目に止まったのは、桜の飾りがついた簪。
 手に取り値段を尋ねると、とても今の私では支払えない金額だ。

 仕方なく別のを選んだが、こちらのが良かったかもしれない。
 甲斐の人達の甲冑は赤備えのため、私が購入した椿がついた簪とは赤揃い。

 明日の縁談が上手く纏まることを祈ると同時に、少しの心残りを感じながらお城へと帰る。



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