SS集
□湖の妖精
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「貴女が湖を歩く姿、とても綺麗でした。妖精って本当にいたんですね」
青年の瞳は星が入っているかのようにキラキラと輝いている。
久しぶりの人の手の温もりに、私は頬を染めながら手を振り払う。
「お前は人間だろう。何故人間がここにいる」
「あはは、それが道に迷ってしまって」
「笑い事じゃないだろ! はぁ……。着いてこい」
私は自分の小屋に青年を連れてくると、背を向けたまま「今日一晩だけ泊めてやる」と、青年に2階を使わせた。
正直人間は嫌いだが、この青年の瞳は私の好きな夜空のようで放っておけず連れてきてしまった。
運良く妖精だと勘違いしてくれているようなので、朝までなら問題ないだろう。
翌朝。
森の抜け道まで案内すると、青年は街へと帰っていった。
「珍しいわね。人間嫌いの貴女が」
「勘違いするな。アイツは私が妖精だと勘違いしていたから見逃してやっただけだ。それに、私の事も誰にも話すなと口止めもしたからな」
「フフ、貴女が妖精……」
そんな私の気紛れは、翌日には後悔へと変わる。
何時ものように水の上を歩いていると「妖精さん」と呼び掛けられ、私は目を疑った。
そこには青年の姿があり、何故また来たのか尋ねれば「妖精さんにまた会いたくて」なんて言い出す。
「私に……?」
「うん。迷わずに来れてよかったよ」
この日から、毎晩青年は湖に訪れた。
何度も来るなと言っても聞かない青年に「勝手にしろ」と言うと、星が輝く夜の晩にいつも湖にやって来た。
青年はただ、私が水の上を歩いている姿を見ては帰る毎日。
一体何を考えているのか理解不能だ。
そして今宵もやって来た青年に、私は一言「明日は雨だな」と言った。
「え、そんなこともわかっちゃうの? 妖精さん凄いね」
妖精ではなく魔女だからわかるのだが、明日が雨ということは、青年は湖にはやって来ないということ。
ほっとすると同時に寂しさを感じるのは、きっと人間と一緒にいすぎたからに違いない。
今まで忘れていた人の温もり。
これ以上青年に会うべきではない。
翌日。
私の言った通り雨は降り、その翌日は晴れたのだが、私は湖へ行かなかった。
「最近湖に行ってないみたいだけど、いいの?」
「いいんだ」
「でもあの青年、毎晩あの湖に来てるわよ」
妖精の言葉で肩がピクリと動く。
だが、そのうち諦めるだろうと、湖へは決していかなかった。
あの湖を歩けないのは残念だが、何百年も今まで生きてきたのだから、人間が諦めるまでなんてあっという間の事。