最も偉大な発明家は誰か?

□This love I realized at the end of the life.
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『これ、は……』


 左上腕に当たった銃弾。並の弾では俺の装甲を貫けない。ましてや一発程度じゃやられる訳もない。

 だが、全身の力が一気に抜けていくのを感じた。


 腕に触れると装甲がパラパラと崩れた。ブラックはまるで錆びているかのような赤に変色し、撃たれた箇所を中心に広がっていく。本当にゆっくりと、だが確実に。


 ──腐食銃だ。


『クソッ……!』


 倒れ込みそうなのを必死に耐え、片腕のキャノン砲を構える。それをディセプティコンに向かって放つものの簡単に避けられ当たりはしなかった。

 代わりに、奴の撃った銃弾が足を直撃した。今度は腐食銃ではなかったが、威力は強かった。

 あぁ、まずい。力が入らない。
 俺は為す術なく後ろに倒れ込んだ。


「アイアンハイドッ!」


 水無月の声が聞こえる。この体勢じゃ彼女の姿は見えない。
 何だ……泣いているのか?


「や、やだ……アイアンハイド……立ってよ……!」


 それは無理だ。
 普段ならそう言って鼻で笑うくらいはしただろう。だが今はそんな余裕はなかった。


『遅くなった! アイアンハイド!?』


 今度はサイドスワイプの声が聞こえた。彼は倒れた俺を見て驚いていたが、自慢のブレードで残るディセプティコンを倒しているようだった。
 見えないが音で分かる。硬い鋼鉄を紙のように切り裂いてしまう、その鋭くもしなやかな音で。

 辺りは既に薄暗い。視界の端に少しだけ夕焼けが見える。


「目を開けて……」
『おい、アイアンハイド……!』


 サイドスワイプが俺を覗き込む。その顔は珍しく切羽詰まった表情で、この数百年では片手で数えられるほどしか見たことがない。

 少し頭を動かすと水無月が見えた。崩れゆく俺の腕にしがみつき、両目から涙が大量に零している。


『泣くな……』


 無事な方の腕はまだ動く。手を上げて彼女に触れようとしたが、先ほどのことを思い出してやめた。彼女の方から近付いてくれてんだ、それだけで十分だ。


『そんな顔は、見たくない……』


 お前には笑っていてほしい。お前の笑顔を見るだけで、俺は救われる気がした。だからお前の笑顔を守りたかったんだ。
 それなのに泣かれちゃ、世話ないな。

 あぁ、不思議だ。俺はどうしてお前の笑顔に救われて、そして守りたかったんだろうな。

 分からないんだ、本当に。お前と居るとスパークが乱れて止まないことも、この俺が平穏を手放したくないと願ってしまったことも、何もかも。


「むりだよ、泣くな、なんてっ……むちゃだよ!」
『……それでもだ。俺は、お前の笑顔が……』


 笑顔……そうか。今、ようやく分かった。今更だ、タイミングはいくらでもあったはずなのにこんな間際で気付くなんて、あまりにも遅い。

 お前の言う通り、これは勇気が必要みたいだな。
 だが胆力には自信がある。こんな場面が訪れるとは思ってもみなかったが、な。


『──好きだ』
「え……」
『お前の笑顔が、見たい』


 しゃくりあげていた彼女は俺の言葉に絶句した。涙はその驚きで止まってしまったようだ。
 ははっ、面白い顔をする。鳩が豆鉄砲を食らったよう、とはこのことか。


 ……言葉にしてみれば意外と呆気ないものだ。

 “アイアンハイド”がトランスフォーマーであると言いたくなかったこと。
 彼女がジョルトよりも俺を選んだとき勝ったような気がしたこと。
 彼女の笑顔にスパークが掻き乱されること。
 そしてそれが不思議と心地よいこと。

 全部、彼女を愛してしまったせいだ。


「じょ、冗談いわないで」
『冗談、なんかじゃ、ねぇ』


 首を振りながら、怒るような表情を浮かべる。嘘や冗談がこの状況で言えると思うか?
 しかし、信じられないのも無理はない。俺が恋だの愛だの言うなんて自分でも驚きだからな。

 ……嫉妬する。どこの誰だか知らんが、お前に想いを寄せてもらえるその男に。素直に羨ましいとさえ思う。
 まぁ、そんな醜い感情が渦巻いていたって、もう死ぬ俺には関係ないことだ。

 お前に看取ってもらえるんならそれでいい。


「な、んで、今いうの……!? こんな、こんなときにいわれたってっ……ひどいよっ……!」
『どうせ死ぬなら、言いてぇことは、言う』


 気付いてしまったこの気持ちに蓋はできない。
 ましてや、ボロボロ泣くお前を見ていると、どうしたらいいか分からないんだ。人間の涙の止め方なんざ、知らねぇから。


「勝手すぎるッ……!」
『あぁ、俺は勝手なんだ。だから、笑ってくれ……咲涼』
「ぁ……」


 初めて呼んだその名は、俺の中ですっと溶けた。いい、名前だ。

 咲涼は大粒の涙を俺の腕に落とした。もうその腕は錆が回って感覚がない。風が吹けば簡単に壊される脆い鉄クズだ。
 それなのに、彼女が触れている部分は温かい気がする。

 咲涼はしゃくりあげながら、ぎこちなく口角を上げた。それで笑っているつもりか?


『……ふ、作り笑いが下手だ』
「わらえ、なんて、むりだよ……」
『そう、か。そりゃ、悪かったな』


 言葉を紡ぐのもつらくなってきた。正直さっきから眠くて仕方ない。

 俺ともあろう奴が、情けないな。それもこれもお前のせいだぞ、咲涼。お前と出会ったから俺は平穏を願うような弱虫になってしまった。

 咲涼。……咲涼。お前のせいだ。お前と出会わなければ、俺はオートボットの勇敢な戦士のままで居られた。その方が良かったんだ。お互いのために。

 ……それでも。


『出会えて、良かった』


 ゆっくりと広がった錆は、もう首元まで来ていた。すぐに頭も体も崩れるだろう。そうするとブレインサーキットは停止し思考などできなくなり、スパークも光を失うんだ。

 こんなにもゆっくり死ぬのは苦しいが、それまでお前の顔を目に焼き付けておくのも悪くない。あの世で思い出すためにも。泣き顔ってのは、惜しいけどな。


 咲涼は目が零れ落ちそうなほど大きく見開いた。


「やだ……ゃ、やだ、まって、アイアンハイド……まって……! おねがい、ぃ、いかないで、わらうから、……ぁあっ……やだぁあ……!」


 ……悪い。無理だ。悔しいが、後のことはサイドスワイプ達に任せよう。


『──咲涼どけてくれ!』
「ジョルト……!?」


 意識が途切れそうになる瞬間、体を強烈な痛みが貫いた。首の辺りから脇の下まで、錆びが回っていた辺りを容赦なくざっくりと斬られたらしい。


『ヒューマンモードだ、アイアンハイドッ!!』


 その言葉を聞いて、声も出せないまま咄嗟に人間の姿になった。

 激痛で死にそうだ。意識が朦朧としておぼつかない。ヒューマンモードでは両腕が問題なく存在しているが、切り落とされた片腕の感覚はない。全身が重く瞬きすら億劫なほど。
 ぶれる視界にはすっかり日の落ちた空と青い体の若造が映った。そして奴はこう叫ぶ。


『死んでも殺すかよッ!』


 そうか。お前は医者だから、こんな致命的な俺も、どうにかしてくれるかもな。
 だが、お前がぶった斬った所がすげぇ痛ぇんだ。おかげで本当に意識がもたねぇ。

 なぁジョルト。お前のその顔と怒号を最期にこのまま死ぬなんて、……俺だって御免だぞ。






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