最も偉大な発明家は誰か?

□最後の日、初めての散歩。
1ページ/1ページ





 ──別れの日はあっという間にやってきた。目覚ましをかける出勤日は起きられないくせに、こういう日はいつもより二時間も早く目が覚める。


「うーん……」


 スマホを取ろうとモゾモゾ動いたらアイアンハイドが瞼を開いた。人間で言う睡眠に近い状態に居ても、彼は私が動くと素早く察知してすぐに起きてしまう。大怪我をした直後はともかく、元気な今は休眠はさほど必要ないみたいだし、半分寝て半分起きている感じなんだって。


「おはよう」
「あぁ、おはよう。ちょっと早すぎるんじゃないのか」
「うーん……なんか目が冴えちゃって」


 二度寝は気持ちいいけど、今日はそんな気分じゃない。


「アイアンハイド、ちょっとだけ散歩とか……どうかな? 体は大丈夫……?」
「散歩くらいなら問題ない。行くか」


 私の提案に彼は頷いた。
 思えば、この辺りを二人でゆっくり歩いたことなんてない。移動はたいてい彼のビークルモードだったから。一度だけバスで帰ってきたときがあったけど……せいぜいそれくらいだ。

 着替えながらその日のことを思い出す。アイアンハイドってば、バスに乗ってる間ずっとそわそわしてて。普段は乗せる側だから乗るのは落ち着かなかったんだろうなぁ。

 自分の着替えが終わったら、アイアンハイドの準備の手伝いをした。コートを羽織っても左腕は袖を通せないから、こう、上手い具合に整えて……うん、いい感じ。


「……よし、行こっか?」
「待て、お前それで外に出るつもりか?」
「え、なんか変かな」


 もこもこニット、裏起毛のあったかパンツ、去年買ったお気に入りのコート、それから可愛いチェック柄のマフラー……普通だよね? これくらい。むしろ、冬の朝方は寒いからいつもより厚着してるつもりなんだけどなぁ。

 アイアンハイドは不機嫌そうな顔で私の手を掴んだ。


「手袋はどうした?」
「ない……普段あんまりしないから」


 そう返すと、有り得ないとでも言いたげな顔で黒い手袋を差し出した。アイアンハイドが外出するときにつけている冬用の手袋。外出すること自体少ないから出番はほとんどなくて、彼のコートのポケットに押し込まれていた。とてもあったかそうで見た目からして上質であることが分かる。

 アイアンハイドは手袋を差し出したまま何も言わない。とりあえず受け取ると納得したように大きく頷いた。


「これをつけろってこと?」
「そうだ」


 行くぞ、と言って靴を履き始めるアイアンハイド。私もブーツを履いて外に出た。
 一つ扉をくぐればキンキンに冷えた空気がぶわっと全身を包む。うぅ、と少し震えながら鍵を閉めて、歩きながらアイアンハイドの手袋をはめた。もちろん、歩くのは彼の右側。

 ……アイアンハイドのサイズだから当然なんだけど、この手袋、私が使うには大きくて先端が余っちゃうな。


「見て。大きさ全然合ってない。アイアンハイドの手、ちょっと大きすぎるんじゃない?」
「いや、咲涼の手が小さすぎるんだろ」


 そう言いながらアイアンハイドは私の手を握った。ゴツゴツした大きい手の感覚は手袋越しにも伝わってきて、やっぱりアイアンハイドの手が大きいんだと再確認させられる。


「見てみろ。お前の手が小さい」


 ……確かに私の手は、彼の手より目に見えて小さい。む、と声を詰まらせる。どうしたものかと思案して、ひとまず彼の手をやんわり振りほどいた。

 アイアンハイドはぴくりと眉を動かしただけで何も言わない。私も何も言わず、左手の手袋を脱いでポケットに仕舞う。無くしたら困るから。
 そして左手はそのままアイアンハイドの冷たい手に絡ませた。


「手を繋ぐなら、こうがいい」
「お前な……!」
「だめ?」


 アイアンハイドの顔は心做しか赤く見える。きっと寒さのせいじゃないだろう。だって彼は、金属とはいえ寒さにも暑さにもそれほど影響されない。照れると赤面しちゃうのはヒューマンモードの仕様なのかな? ラチェット先生は几帳面なんだね。


「駄目じゃ、ねぇが」


 絞り出すような声。直後、繋いでいる手が段々とあったかくなってきた。温度を調節してくれているんだ。私の手が冷えてしまわないように。


「あったかいね」
「冷えて壊死したら困るだろ」
「そんな簡単には壊死しません!」


 想像するだけで怖くなるようなこと言わないでよ!

 笑いながら歩みを進めた。特に目的地はない。白い息を吐きながら手を繋いでゆっくり歩く。アイアンハイドはぜんぜん寒そうな素振りを見せないけど、鼻の先はじんわり赤くなっていた。

 少ししたら、一番近いコンビニに着いた。コンビニに用事があったら大体ここを利用する。ディセプティコンに襲われる前に立ち寄ったのもここだった。


「コンビニ寄ってもいい?」
「あぁ。何か買うのか?」
「うーん……欲しいものはないんだけど」


 ちょっと寒いし、暇潰しがてら。

 店内に入るとき、手を離すのはちょっと名残惜しかったけど……いわゆるバカップルのように見られるのも恥ずかしいし、早々に分かれる。
 アイアンハイドはコンビニは初めてみたいで、興味深そうに店内を見ていた。私は私でセールワゴンの中身を見たり、コンビニブランドのものを見たりする。

 うぃーん、と扉の開く音がした。何となくそちらを見ると、見覚えのある姿が。


「……あ」
「あっ……」


 お互い小さな驚きの声をあげる。目が合ってしまったその人は、つい先日思いを告げられたあの男性。


「ど、どうも……」


 軽く会釈すると、向こうも軽く頭を下げた。お互い気まずい感じが隠せない。世間話をするのも……なんか……変だよね……?
 というか、この人もこの近辺に住んでるのかな。偶然というか、なんと言うか。

 どうしたらいいか悩んでいたらアイアンハイドが食玩を片手にやってきた。それ一応女の子向けなんだけど、アイアンハイドって好きだったっけ? そんな話一回も聞いたことないな……。


「咲涼、……? どうした」
「ぅ、ううん、ちょっと顔見知りが」


 アイアンハイドは男性に目を向けた。幾分か柔らかかったはずの視線は、彼に向いた途端キッと鋭くなった。こ、こわい。


「どういう顔見知りだ?」
「アイアンハイド、そんな怖い顔……」
「俺はいつもこんな顔だ」


 いやいや、十二分に怖い顔してます。

 色々問題が渋滞してきたな、と胃が悲鳴をあげ始めた。男性も突然現れたデカイ外人にとても驚いている様子だけど、すぐに何か納得したように「あぁ!」と声を上げる。


「ひょっとして彼氏さんですか?」
「あぁ、そうだが?」
「やっぱり。あー……これは勝てないなぁ。かっこよすぎる」


 苦笑いをした男性。アイアンハイドは何のことだかよく分かっていないようで、きょとんとした顔でこちらを見ている。……後で説明してあげるから!





次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ