最も偉大な発明家は誰か?

□居るようで、居ない日常。
1ページ/1ページ






 アイアンハイドは宣言通りまめに連絡をくれた。アメリカに戻るときの飛行機内では電話をくれて「早く降りたい」と泣き言を言っていた。高い所は嫌いだって。怖いとは言わなかったけれど。確かにアイアンハイドは地面に立ちどっしり構えている方が似合う。

 時々メールで写真が送られてきた。アメリカの景色だったり、ジョルト、サイドスワイプ、バンブルビー……それに、噂に聞いてたディーノさんの写真も! なるほど、イケメンさんだ。ちょっと顔が怖いけど、それはアイアンハイドも同じことだね。……って本人に言ったら怒られちゃうだろうなぁ!


 時にはアメリカのお菓子を送ってくれた。美味しいものもあれば、あまり口に合わないものもあったりしてちょっと困った。さすがアメリカというか、全体的に量が多くて食べきれないから実家にも持っていったり。

 それでも、そうやって送ってくれる気持ちが嬉しいから「全部美味しかったよ」といつも伝えていた。なのにアイアンハイドは「あれは不味かったのか? 次は違うものを送るか」「それは気に入ったのか? じゃあまた送ろう」などと私の心を見透かしたみたいに言うんだ。
 すごいなぁ。顔も合わせてないのに分かっちゃうんだもん。


 そうして寒い冬は過ぎて、春になった。
 たまにはこちらからも何か送りたい! と奮起した私は、アイアンハイドにとって何が役に立つだろうかと考えた。
 だって彼は何も食べないし……雑貨を送るにしても、彼の好みは難しそう。アクセサリーだってつけないでしょ? 服も……本人が居ない中で買うのはリスキーだ。アイアンハイドは体が大きいから、ほとんどの服はサイズが合わないだろう。


 それで、結局送ったのは手書きの手紙。日本語ペラペラなアイアンハイドだから、きっと読むのも苦労はしないはず。近所の公園の桜が綺麗に咲いていたから、その写真も同封した。

 書き始める前は何を書こうかと悩んだのに、いざ一文字目を書くとするする文章が思い浮かんで、気付けば封筒がパンパンになるくらい便箋を使っていた。よくまぁこんなに書いたなぁなんて、自分で感心しちゃったよ。

 それをアイアンハイドに送ると、電話やメールではなく手紙で返事をくれた! ちょっとだけ汚くて、豪快な字。
『いきなり手紙なんて来たから驚いた』
『俺は書類仕事をしないから字が下手くそでも許せ』
『案外こういうのも悪くはねぇな』
 そんな風に色々な言葉が書かれていた。わざわざ書いてくれたなんて、すごく……すごく、嬉しい。

 文の最後には『愛してる』と書かれていた。相変わらずの字の汚さ。でもその言葉はキラキラ輝いて見えて、嬉しくってたまらなくて……ちょっぴり泣いた。


 それから何回か手紙のやり取りが続いた。回数を重ねる毎にアイアンハイドの字は綺麗になっていき、最初とは別人みたいに美しい筆跡になった。あの強面がこんな字を書くなんて、と驚くほど。


 そして夏が来て、秋が来た。冬が来る頃にはオシャレなポストカードや、みんなの写真が送られてくることもあった。写真は部屋に飾って、時々眺めている。

 ……時は早いもので、一年はあっという間に過ぎた。一度会いに行く、とメールが来たけれど、彼はなかなか来なかった。仕方ないよ、世界を守るのは大変なことなんだから。

 そうして、夏を過ぎ、秋を越え、二度目の冬が近付いて来た頃──手紙の返事は途絶えた。電話は出ないし、メールの返事もなくなった。





「水無月さん、元気がないみたいですけど……」
「あぁ……えぇと、はい、まぁ……」


 いつも通りパン屋のレジで、袋詰めをしていたとき。いつぞやの告白してきた男性、もとい佐々木さんが心配そうに声をかけてきた。

 佐々木さんとはあれから少し話すようになった。変わらずお店には来てくれたし、距離を縮めようとはしてこないし、友達みたいな感覚でお話ししていた。

 もちろん、天と地がひっくり返っても彼とお付き合いすることはない。絶対に。
 私にはアイアンハイドが居るのだ。他の男なんて目に入らない。佐々木さんも恋人ができたそうで、つい先日、可愛らしい女性と共にお店に来てくれた。


 フッた相手と友達みたいに話す私はどうかと思うけど、フラれた相手に恋人を紹介する佐々木さんもなかなかおかしい。
 まぁ、お互い様ってことでいいだろう。


「何かあったんですか? ……あー、“彼”とか……?」
「はい……そうです」


 最近、連絡が全然なくて。と言うと、佐々木さんは「そうなんですか……」と眉を下げた。


「電話くらいしてほしいんですけど、向こうは忙しいだろうし、あんまりワガママは言いたくなくて」
「うーん……軍人さんでしたっけ?」
「そうです」


 ……もしかして、また怪我をした? それか、怪我なんてもんじゃなくて、し、死っ…………。


「しん、だ?」


 ぽろっと呟くと、佐々木さんは慌てた様子で首を振った。


「そ、それはないですよ! あの人強そうだったし死ななそうでしたよ! それに亡くなったときには、恋人の水無月さんに何かしら連絡が来ますって!」
「そう、ですかね……」


 でも、彼が居る国とは距離のある。それに私はNESTとは何の関係もない一般人。たまたまディセプティコンに襲われただけの、しがない人間。
 オートボットと恋人だからって知らせがくるだろうか。


 悩む私に、「大丈夫ですよ!」と頷く佐々木さん。


「また電話してみたらいいんじゃないですか? タイミング良く出るかもしれないですよ」


 彼の言葉に小さく頷いて、帰ったら電話をかけてみようと決める。その間に佐々木さんは軽く会釈して帰っていった。

 電話をして、出なかったらメールを送る。そうしよう。……なんて喋ろうか。なんて送ろうか。出てくれるかな。返事はくれるかな。


 ……会いたい、な。






次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ