ひどい病気には思い切った処置を。

□記憶の喪失、あるいは別人への変化。
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「えーと、これはオプティマスのとこで、こっちはジャズ……ジャズはどこに居るんだっけ」


 ラチェットさんに頼まれ書類を運ぶ私。オプティマスの執務室へ向かって続く長い廊下を、独り言を零しながら歩いていた。

 オプティマスの居場所は分かりやすい。大抵は執務室に居るから。
 問題はジャズだ。彼も書類をチェックすることはあるけど、執務室は特にない。だから用がある度に探さなきゃいけなくて大変で……。


「あれっ?」


 角を曲がると、見慣れた背中が現れた。青や赤が素敵な全身はいつ見ても大きい。


「オプティマス! どうしたの、こんなところで。仕事は終わったの?」


 彼は辺りをきょろきょろ見回していた。その顔は険しく、何か事件でもあったのかと不安になる。

 私の声で振り返ったオプティマス。いつもパッと柔らかい笑顔になるのに、表情は固いまま。
 ……ほんとにどうしたの? そんな疑問が浮かんだが、彼の一言でそんなもの吹っ飛んでしまった。


『お前は誰だ』
「えっ、……? あ、もしかして、冗談?」


 あはは、ちょっと下手だよ? エイプリルフールは時期外れだし、冗談だとしても笑えない、し……。


「……本当に分からないの?」
『お前のような人間は知らないな』


 オプティマスの目が鋭い。その視線だけで殺されてしまいそうなほどに。


『ここはどこだ。お前が私をここへ連れてきたのか』


 どういうこと? どうして何も分からないの? なにかおかしい。このオプティマスは、私が知ってるオプティマスじゃない。


「オプティマス、それは……」
『なぜ私の名前を知っている? 私はずっと身を隠してきたというのに、なぜ人間が私のことを知っている?』


 責めるみたいにたくさんの質問を重ね続ける。
 私だって分からない。今朝のオプティマスはいつもと変わらない様子だったのに、ほんの数時間でどうしてこんな風になったの?

 どうして私が悪いみたいに接してくるの?


「そんないっぺんに聞かれても答えられないよッ!」


 思わず大声を出した。手が震える。それを止めようとすると持っていた書類がぐしゃぐしゃになってしまった。結局震えは止まらないし、涙が溢れそうになるし。

 いや、だめだ。今ここで泣いたら多分止められなくなる。


「オプティマス……冗談ならやめて。面白くないから」
『冗談だと? そんな余裕は私にはない』


 彼はとてもイライラしている。普段怒るときはこんなに態度に出さないのに。私に対して怒るときも理由を説明してくれるし、無下にするような扱いはされたことがない。

 するようなひとじゃないんだ、オプティマスは。メガトロンさんに対してすらここまで酷い態度は見たことがない。


「……分かりました。誰か呼んできます」


 医務室に戻ってラチェットさんを呼んでこよう。私にはどうしたらいいか分からない。

 踵を返したそのとき、後ろから無遠慮に掴まれて持ち上げられた。潰さないように加減はしているみたいだけど、優しさなんて感じられない持ち方。


「いっ……」


 苦しい。苦しい。ぐしゃぐしゃの書類を放り出して彼の手の中で藻掻くが、私の抵抗なんて焼け石に水みたいなものだった。


『誰を呼ぶつもりだ? 人間の仲間か? バンブルビーを狙ったように私を始末するつもりか?』
「そんなわけ……!」
『ならば答えろ。私の仲間はどこだ。アーシー、ミラージュ、バンブルビー……彼らはどこに居る!』
「ぅああっ……!」


 私を持つ手に力が込められる。彼の目は怒りに満ちていて、まるで私を敵だと思っているようだった。……いや、これは多分、まさしく“思っている”んだ。

 私のことは、覚えていないんだ。


「ミラージュ、さんは、知りませんっ……」


 初めて聞いた名前。そのひとはNESTには居ない。きっとみんなの仲間なんだろう。今どこで何をしているのか話に出たことはない。


「アーシーさん、と、バンブルビーは、ここに、居ます……っ」
『ならば今すぐ会わせるんだ』
「それは無理です!」
『何故だ!』


 だって、ふたりは外出している。バンブルビーはサムくんの所へ。アーシーさん達は買い物へ。休日だからとそれぞれ楽しそうに出ていくのを見送ったのは私だから間違いない。

 今すぐ会わせることはできない。


「出かけているんです……」
『それを信じるとでも?』


 信じてもらえないなら、もうどうしようもない。彼らがいつ帰ってくるかなんて分からないし、ラチェットさんやジャズを呼ぼうにも拘束されていては手立てはない。

 オプティマスはどうやら、NESTのことも分かってないみたい。だったら私のことだって分かるはずないよね。


「誰か……」


 誰か、助けて。お願いだから、彼のことを。


「オプティマス……」


 ぼやける視界で見たオプティマスの目は、やはり怒りに燃えていた。私ではない何かに対する怒り。

 いいよ、それを私にぶつけても。私と出会うより前の貴方には、憤怒を覚えるほどの辛い出来事があったんでしょう。仲間に危険が及んだり……そういう、耐え難い何かがあったんでしょう。

 私にはその苦痛を見ていないから分からない。寄り添うのも、月並みな言葉でしかできない。だったら八つ当たりを受け止める方がよっぽど良い。

 でもね。


「何で忘れちゃったの……?」


 NESTも、オプティマスの仲間でしょ?
 オートボット、ディセプティコンだけじゃない。私だってNESTの一員。でも今の貴方の中には居ないんだ。


 ……誰か、オプティマスを助けて。


『何をしているプライムッ!!』


 そんな声と共に全身に衝撃が走り、私を拘束していた手の平は緩んだ。体は宙を舞う。それを軽やかに受け止めたのは──


『この人間が誰だか分からんほどに気が狂ったのかッ!?』


 メガトロンさん、だった。





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