地獄への道は善意で舗装されている。
□痛恨のガス欠とオレンジジュース。
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「ここで間違いないか?水無月君」
「うん……」
父が居るビルの前で、私は溜め息をついた。
ここまで送ってくれた彼……飯田くんはとても親切な人ではあるけど、素性の知れない人物であることに違いはない。
そんな人に本名や家族の職場まで教えてしまった。なんだか不安になってきた。大丈夫だろうか。今更、だけど……。
「ありがとう、ございました。もう大丈夫です、から」
「いいや、待っている。君の家まで送るさ」
あぁ、困ったなぁ。
善意でそう言ってくれているのであろう飯田くんに苦笑いを返し、頼まれたものを渡しに行く。
「お父さーん、お待たせー」
「咲涼か、ありがとう」
お礼にオレンジジュースをあげよう、100%だぞ、と言うお父さん。奇遇だね、全く同じもの買ってるよ。だけどありがたく貰っとくね。
本当は少し、父と話してから帰ろうと思っていた。あまり話すことがないから。一緒に住んでいるはずなのに。
……まぁ、またいつでも話せるか。
「じゃあ仕事頑張ってね」
外に戻れば、宣言通り飯田くんはそこに居て。見ず知らずの人間によくまぁこんなこと出来るなぁ、と感心してしまう。
そりゃあ今はそれなりの時間だ。私1人なら危険極まりない。変な話、無差別にターゲットを選ぶ奴だって少なくないんだから。
しかしそれは私だけでなく飯田くんにも当てはまること。男の子とは言えまだ子供だし、だいだい何故出歩いていたんだ。むしろ飯田くんがそういう輩だったり……しない、よね?
「い、飯田くんは、何でこんな時間に出かけてるの?」
「気晴らしだ。たまには悪くないと思ってな」
「へぇ……」
1度怪しむとまともな人間として見ることが出来なくなる。私は少なくともそういう状況に陥っていた。
この真面目さや優しさは、私を油断させる罠なんじゃないか。安心したところでグサッとか……そんな感じだったり……。
「さて水無月君、急いで自宅まで送ろう」
先ほどと同じように担がれる。断る暇もない。足の速さのように行動も早かった。勝てない。
家はどっちだ?と聞かれればあっちです、なんて答えてしまって。どうしてこんなに流されやすいんだ。性格直した方がいいかな。
「……む」
「ど、どうしたの?」
「……ガス欠だ」
どうしたものか、と彼は呟く。
個性はエンジンだと言っていた。エンジン、と言うだけあり、つまりはガソリンも必要なわけか。こんなに真面目そうな彼がガス欠を起こすなんて、案外抜けてるところもあるのかな。
「オレンジジュースが燃料になるんだが……」
「それなら持ってる!ほら!2本も!」
飯田くんに手渡すと少し申し訳なさそうに口をつける。ゴクゴクと豪快に飲み干す様子は、見てるこっちが気持ちがいいくらいだった。
「すまない、助かった」
「私も助けられてるから!」
「水無月君……」
君はとてもいい性格をしているな!素晴らしい!
……飯田くんに褒められると、なんだか本当に凄いことをした、みたいな気分だ。
エンジンも復活し、彼はまた走り出す。かなりの速さに揺られるのは結構キツイ。
「そう言えば、最近この辺りには通り魔が多発しているそうだ」
それは私も聞いたことがあった。ローカルニュースで何度かやっていた。徐々に出没範囲も広がってきていて、狙われる層も広がっていって。男だから安心とも言えない。
平和の象徴が君臨していても世の中は簡単に良くなったりしないのだ。だってオールマイトはたった1人の人間なんだから。いつも近くで全てを見ているわけない。
「だが、犯人の足取りも掴めてきているらしい。時期に捕まるだろうが、君も気をつけるんだぞ」
「そういう飯田くんもね」
いや、でも飯田くんなら走って逃げれそうだ。このエンジンに普通の走りが勝てるはずはない。
「あっ!私の家ここ」
「お、そうか。じゃあ……」
そっと私を下ろす飯田くん。紳士的な動作に少しドキリとした。
「オレンジジュース、本当にありがとう」
「こちらこそ、安全に送ってもらって」
今日知り合ったばかりの他人だと言うのに。お礼を言うのは私の方だ。
「では、雄英で会おう」
走り去った彼の背中を見ながら、私は1歩も動くことが出来なかった。
雄英で会おう?貴方はきっと合格してるでしょうね、だって凄い個性なんだもの。だけど私は、ヒーローに向いた派手な個性じゃない。
合格してるかどうかなんて……。
「……諦めたらそこで試合終了だ」
早く合格通知届かないかな。
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