ジョジョの奇妙な冒険

□ケーキなんかよりずっと甘い。
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彼は今日もやってきた。原色のまんまって感じの眩しい赤と青を上半身にまとい、虎柄の変わったズボンをはいた人。ちらりとおへそが覗く腹部は、かなり筋肉質だ。いいや、腹部を見なくとも、屈曲な胸板が服を押し上げて、惜しげも無く披露している。腕もすごい。テレビでしかこんな人見たことない。こんなにも筋肉がある人って、ほんとに居たんだなぁと思うほど。


私は彼が好きだ。もちろん『Ti amo!』……なんて意味じゃなくて、好印象という程度のものだが、好きだ。

私にとってはただの客だし、彼にとってもただの店員だから、当然お互いに素性は知らない。しかしあまりにも彼がこの店を利用するものだから、顔見知りになって話すようにもなった。天気がいいですね、とか、明日はお祭りがありますね、とか。別にだから何だって内容だけど、彼から話しかけてくれることもあるので、結果オーライだ。


「甘いもの、お好きだったんですか?」


カゴの中にはケーキが入っていた。普段の彼はそういうものはあまり買わない。飲み物だとか生ハムだとか、そういうのは買うことが多い。大体いつも同じものばかり買う。


「あー、買ってこいってうるさく言う奴が居るんだよ。俺は別に、甘いもんは……普通だ」


彼は頬を軽く掻きながら返答した。なんとなく、彼には恋人が居るんだろうなぁと思う。どこか無骨な感じはあるし、失礼ながら筋肉バカって感じもあるけど、そんな気がする。このケーキだって、恋人へのものだろう。きっとそうだ。


「カワイコちゃんとの甘いキスなら大歓迎だけどな」
「ふふ。私は甘いケーキも、甘いキスも大好きですよ」


レジを打ち込み金額を告げると、彼は途端に顔面蒼白になり、「ちょっと待ってくれ! 四だと!?」と叫ぶ。確か会計には四が入っている。というかゾロ目だ。すごい。

今この周辺には他のお客さんも店員も居なかったので、その叫びを聞いたのは私だけだったが、何かおかしかっただろうか? レジを打ち間違えたとか? ……いや、それはない。だってバーコードを読み込めばいいだけだし、品数だって合ってるし、このお店は元々安くて赤字ギリギリだからいわゆる特売もなく、常に一定の値段で変わりない。

品物を見る限りいつもと大体同じだが、ケーキを買ったぶんいつもよりはお会計も多くなり、偶然にも四のゾロ目になったわけだが……何もおかしいところはないはずだ。


「何か! オススメの飲み物とかないか!?」
「えっ、と……レモンソーダ、とか……」
「レモンソーダだな! ちょっと待っててくれ!」


彼は素晴らしいフォームで走り去る。彼があまりにもすごい剣幕で聞いてくるものだから、思わず私の好きな飲み物を答えてしまったが、よく見れば買い物カゴにレモンソーダが入っている。

彼はレモンソーダとワインを手に戻ってきて、「これも頼む」と言った。そんな彼に「レモンソーダはもう買われたみたいですけど」と聞くが、彼はそれでもそのレモンソーダを買うらしい。


「四って数字は縁起が悪いんだ。とても耐えきれねぇ」


再び打ち込んだお会計には四が入っておらず、彼が安心したように息をついたので、私もホッとした。

会計を済ませ、彼は持っていたエコバッグ(あんなに不良そうな見た目なのに、きちんとエコバッグを持ってきているのだ)に品物を詰めて歩き出した。ありがとうございました、と声を掛けようとしたが、不思議と彼はこちらに向かってくる。何か不具合があったのだろうか。


「どうかされましたか?」
「いや、何もないぜ。ただ……」


彼はエコバッグを置き、片手を私の後頭部に回す。そして抱き寄せるように近付け、次の瞬間には唇が重なっていた。それも一瞬だったが、少しだけ吸われるようにしてリップ音が鳴ってから離れたとき、頭が真っ白になって混乱した。


「甘いキスはさっきの礼だ。そのレモンソーダもな」


私の手には彼が後から持ってきたレモンソーダが持たされていた。異常に冷たく感じる。


「それから、今夜美味いハムとチーズで、ワインを飲むのはどうだ?」
「とても、いいと思います」
「よし、じゃあ決まりだ。仕事は何時まで?」
「午後、六時頃まで、です」
「分かった。その時間に迎えに来るから、店を閉めて待ってな」


Ciao.と言って彼は去った。流れるように会話が進み、私は思わず彼が聞いてくるままに答えてしまっていたけれど、良かったのだろうか。しかもいつの間にか今夜の予定が出来てしまった。彼とはただの客と店員だったはずなのに、どうして。


あぁ、だけど、こんな日があったって悪くないかもしれない。人の少ないスーパーで、私は思わず上がってしまう口角を隠すように、そっと顔を覆った。



──ケーキなんかよりずっと甘い。

(夜まであと何時間? ……あぁ! 今日はいつもより長い一日になりそう。)









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