最も偉大な発明家は誰か?

□お嬢さん。
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財布とスマホを引っ掴んで近所のコンビニに向かう。もう夜は遅く、並び立つ家屋の明かりも少ない。その分コンビニの電気は眩しすぎて目が潰れちゃいそう。

いくつか買っておきたいけど、スーパーで買った方が安いしポイントもつくから……今日食べる分だけにする。


適当に目に付いたチョコレートを一つだけ買って、早足で帰り道を行く。すれ違う人は少なかったが、角を曲がるとちょうど前から体格のいい男性が歩いてきていた。

……白髪……いや、銀髪だ。また銀髪。
サイドスワイプかな……ううん、あれは違うっぽいな。髪型が違う。


それに目の色が違う。アイアンハイドさんやサイドスワイプ達の、水晶みたいに透き通るような青い目じゃない。


「……赤い、目……」


なんだか背筋がぞわぞわするような、恐ろしい光を放つ赤い目。

鳥肌が立つような感覚がして、すれ違うとき思わず顔を伏せた。
何となく見られている気がする。気のせいだ、気のせい、気のせい……!


「……失礼ですが」
「は、はい……何ですか」


すれ違ってほんの数秒後、男性は私を呼び止めた。嫌々ながら振り返ってみると赤い目がこちらを真っ直ぐ見ている。


「欠片はどこへ?」
「か、かけら?」


何のこと? 何の欠片?

男性は頷く。


「──オールスパークの欠片のことだよ、お嬢さん」
「オールスパーク……?」


なに、それ。知らないよ。そんなの聞いたこともない。

戸惑う私だったが男性は苛立った素振りを見せず、穏やかな口調で微笑みを携えながらこちらへ歩み寄る。

何だか怖くて、少しずつ、少しずつ後ずさる。男性と一定の距離を保って。


「とぼけなくてもいい。こちらは確証があって訪れているのでね」
「ほんとに分からないんです……!」


欠片ってどんなの? 確証があるって、どこで情報を手に入れたの? 私はそんな変なもの持ってないのに。


「オールスパークが何かも知らないし、欠片なんて言われても……」
「そうか。お前がそう出るのならこちらにも手はある」


低い声で言った男性の体はみるみるうちに変化していく。

顔や腕がめくれ人の皮膚はなくなった。中から筋肉や内臓が見えるかと思いきや、ブラックやシルバーの金属が高い音をたてながらスライドし、人の形を変えていく。
金属が変形する様を見ていたら、気付くと私は首が痛くなるほど見上げていた。

赤い目、凶悪な顔、人とは全く違う体──金属生命体。そして目の前のトランスフォーマーは、恐らくアイアンハイドさんの敵、ディセプティコン。


「っあ……なんで……っ……」


息ができない。こわくて全身が震える。手に持っていた袋が地面に落ちた。逃げなきゃ。逃げなきゃ。にげなきゃ。いますぐ。はやく!

自分を奮い立たせて振り返った。前はあの大きな体で塞がれてる。逃げる道は後ろしかない。


「はぁっ……はぁっ……!」


がくがく震える足で何とか走る。ただでさえ運動は得意じゃないってのにこんな状況でまともに走れるわけがない。


『鬼ごっこか? いいだろう、付き合ってやる』


心の底から馬鹿にするように笑う。本気を出せば私なんてあっという間に捕まえられるんだろう。
でもそれをしないのは、きっと私を弄んでるんだ。たかだか人間の女が一人。トランスフォーマーにとって歯応えのない獲物に違いない。

遊ばれてるうちはいい。もしもこの状況に飽きたら? 下手すれば殺される。


どうしよう。どうしよう。こんなふうに走ってたらすぐに疲れてしまう。だってもうつらい。死にたくないって気持ちだけで何とか走ってる。


「っ……あ……! はぁっ……!」


──そうだ、電話。何かあったらかけろって言っていた、番号のない連絡先!

ズボンのポケットからスマホを取り出して一覧を開く。Ironhide……これだ!
見つけたその文字を押すと、呼び出し音ではなくピピッという短い音がした。その直後に低い声が聞こえてくる。


『《アイアンハイドだ。水無月咲涼だな? どうし──》』
「たす、けてっ……おいかけ、られ、て、っ……」


余裕がなく、彼の声を遮って言葉を絞り出した。すると向こう側では焦った声がいくつか横行し始めた。


『《今どこに居る!》』
「い、家の、ちかくで……赤い、目の……ぅわあぁあッ!」


体を掴まれて持ち上げられてしまう。その拍子にスマホが手から滑り落ちアスファルトに叩きつけられた。まだ……完全には壊れていない。ケースをつけていたおかげで。


『オートボットと通じていたのか!』
「やだぁ! やだ、しにたくない! たすけてぇ!」


苦しい。潰される。涙が溢れて目の前がぼやけていく。


「アイアンハイドぉっ!」
『黙れ! 忘れるな。お前の命は我々の手の中にあると』


ディセプティコンは、握り潰してしまいそうなほど力を込めていた手を緩めた。そして素早く車に変形し、私を後部座席に縛り付け、どこかへと走り出した。








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