最も偉大な発明家は誰か?

□慣れれば何事も些事。
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医務室に戻るとサイドスワイプは居なくなっていて、ジョルトも帰ってはいないようだった。


「俺は戻る。ここでじっとしていろよ」
「はい」
「……」
「アイアンハイドさん? どうかしましたか?」


戻ると言ったのに動こうとしない。何か言いたげな雰囲気で口を開いて、そのまま止まっていた。


「……何でもない」


ハッとしたアイアンハイドさんは足早に医務室を出ていった。

えー、何! なんなの! 何でもないって感じじゃなかったじゃん! やだな、まったく。言いたいことがあるなら言ってくれればいいのに。


一人で文句を言いながらベッドに寝転んだ。ちょっとしか歩いてないのに疲れちゃった。ほんの二、三時間前まで寝ていたのに、このままベッドの上に居たらまた寝ちゃいそう。

そうしたら夜、眠れなくなるなぁ。


「サイドスワイプとジョルトは何してるのかな」


ふたりが居れば話し相手になってくれるから、時間はあっという間に過ぎる。結構ありがたいことだ。

……冷蔵庫の中のもの、帰るまでに腐らないといいな。割引シールが貼ってあるとついつい買ってしまうから、野菜にしろ魚にしろ期限が近いものが多い。帰ったらまずは期限の確認をしなきゃ。





そんなこんなで一週間ほど経った。痛みはだいぶなくなってきたけど、全力疾走とかは無理。

それよりも、とにかく暇で暇で仕方ない。ずっと医務室に居るんだから当たり前だ。
楽しみなことと言えばトランスフォーマーのみんなと話したり、窓の外を眺めたり、それから美味しいご飯と睡眠……他には何も無い。


とはいえ、体が動くようになってきたことで、敷地内を散歩する余裕は出てきた。気が向いたらずーっと中を歩き回ってる。

一番大きな部屋ではジョルトやサイドスワイプが本来の姿……ロボットモードで過ごしていることがあるので、そこに向かうことが多い。タイミングが合えばかっこいいロボットモードを拝めるんだ。アイアンハイドさんは……仕事が忙しいみたいで、あまり会えないけれど。


今日もこれからその部屋に向かうところ。散歩が一番の暇潰しだからね。


「……あれっ!? あ、アイアンハイドさん!?」


階段を降りるとすぐ見えてきたのは黒いトランスフォーマー。大きくてがっしりした体格のひと。
近くにサイドスワイプとジョルトも居る。珍しい。揃ってるなんて。


「どうしたんですか、今日は時間あるんですか?」


駆け寄るとアイアンハイドさんは私を見下ろした。おもむろに手の平が差し出されて不思議に思っていたら、サイドスワイプがこそっとアドバイスをくれる。


『乗れってことだよ。ずっと見上げてたら首痛いだろ?』
「あ、そうなんだ……! じゃあ、失礼しますっ」


アイアンハイドさんの手の平に座ると、それは彼の目線辺りまで上がった。すごい。アトラクションみたい。落ちたら……余計な怪我が増えそう。


『ずっとヒューマンモードで居るのも疲れるからな。休憩だ』
「そっかぁ」


トランスフォーマーも疲れるんだね。そりゃあ、機械とは言え生きてるんだし、当たり前か。


『……お前、最近俺に慣れてきたのか?』
「うーん、ちょっとだけ? アイアンハイドさん、ぶっきらぼうだけど優しいから怖くなくなりました」


最初はそのぶっきらぼうなところが怖かったけど、そういうひとなんだと思えば慣れてきた。
要は知ることが大事なんだ。アイアンハイドさんがどういうひとなのか分かれば、話し方にトゲがあっても何とも思わなくなる。


「今ではわりと好きですよ、そういう裏表のないところ」
『なっ……!』
『えー! 咲涼、俺は!?』
『俺だって! アイアンハイドには負けないつもりですけど!?』


サイドスワイプとジョルトの必死そうな顔が面白い。もちろんふたりのことも好きだ。元気いっぱいで、一緒に居るとその元気を分けてもらえる感じがする。


「ふたりとも好きだよ、一緒に居て飽きないし! それにしてもジョルトはアイアンハイドさんに厳しいね?」


妙にバチバチしてる。医者として何かしら思うことがあるのかな。


『気をつけろと言っても毎回怪我をして帰ってきますからね。治療させられるこっちの身にもなってほしいよ』
『最前線で戦うんだ。仕方ねぇだろ』
『そうは言ってもなぁ、本部みたいに設備が整ってるわけでもねぇし結構大変なんだぞ!』
「……」


私とサイドスワイプを挟んで口喧嘩が始まってしまった。どうしよう。

……ずっと思ってたけど、ジョルトって私の前では猫被ってるよね。敬語で丁寧に、ゆったり優しく話してくれる。
でもアイアンハイドさんやサイドスワイプと話すときはちょっと雑な一面が垣間見えるんだ。きっとそれが素なんだろうな。私の前でも無理しなくていいのに。


ふたりの顔を交互に見ていたら、ちょんちょんと足をつつかれた。前に顔を向けるとサイドスワイプがこっちを見ていた。彼は内緒話をするみたいにひそひそ声で話し始める。


『なぁ、気になってたんだけど、何で咲涼はアイアンハイドのこと、さん付けで呼ぶんだ?』
「うーん、慣れ、かな? 呼び捨てって失礼な気がしちゃって」


なんだかんだ、ずっと敬語だしさん付けしてる。どうしても抜けないんだよね。


『ふーん。あんま敬語とか使わねぇからさ、ちょっと違和感あったんだよな。まぁ咲涼の好きにしたらいいけどな!』


呼び捨てかぁ。確かに本人もそれでいいって言ってたし、長いし、呼び捨てでいいかな? 慣れたものを変えるのは大変だけど。


まだ喧嘩中の彼の目の前で手を振って、名前を呼んだ。


『だいたいな、戦えば怪我ぐらい──』
「アイアンハイド」


青い目がこちらを見た。


『…………どうした』
「喧嘩はやめてもらえませんか?」
『チッ……』


そんなことはジョルトに言え、と文句を言いながらも口を閉じたアイアンハイド。私のことなんて無視して喧嘩を続けたっていいのに、意外と律儀なんだなぁ。





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