最も偉大な発明家は誰か?

□もしかして……嫉妬?
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アイアンハイドのおかげで職場には余裕をもって着くことができた。スピード違反で捕まるかと思ったけど……とりあえず警察には見つかっていない。

彼は私の勤務中、このパン屋が見える辺りで見ているという。今のところ私からは見えない位置に居るみたいだけど、どこかに居るんだと思うと探したくなっちゃうな。

帰りも、どこからともなく現れるんだろう。……いや、帰りは自分で帰れって言われちゃうかも。朝は急いでただけで、帰りは焦らなくてもいいんだし。


「病み上がりなんだから無理しないでね」
「はい。もうだいぶ良くはなったんですけど……」
「それでも心配だからねぇ」


井上さんが眉を下げて言う。この人とシフトに入ること多いよなぁ。優しい人だから、他の怖い人と比べればありがたいけど。


「そういえば昨日彼女がさ」


客が居ないのをいいことに、井上さんは雑談を始めた。だいたいいつもそうだ。井上さんが話して、私は聞くだけ。喋るのは上手じゃないし、適当な相槌を打てばいいだけの聞き役は楽なんだ。

だから正直、井上さんの話はあんまり聞いてない。へぇとか、そうなんですか! とか、笑顔で頷いていれば相手は勝手に気持ちよく話すもんでしょ? 人間関係なんてそんなもんだよね! 建前って大事よ!


「……あれ? あの人、日本語上手い人じゃない?」
「えっ?」


井上さんの指差す方をよく見ると、アイアンハイドが腕を組んで立っていた。いつの間に?

彼は私の視線に気付くと、ピースにした指を自分の目の方に向け、今度はそれをこちらに向けた。なに、なに? どういうこと? 顔はすっごい不機嫌そうなんだけど……!


「知り合い?」
「え、と……はい、まぁ、色々あって、知り合いになりました」
「へぇ〜、付き合ってるの?」
「ないです! そんなの!」


どうしてそうなるのか。男女ってだけで付き合ってるって発想になるの、良くないよ。
そもそもトランスフォーマーに恋愛感情があるのかどうかも分からないし。彼らも生きてるわけだから、好き嫌いはあるんだろうけど……。


「でもさ、俺のことめっちゃ睨んでない?」
「あのひとはいっつもあんな顔ですよ。眉間にシワが寄ってて」
「そうなんだ……」


イマイチ納得してない様子。でも実際、あぁいう怖い顔以外は見たことがない。ロボットモードの顔もちょっと怖いし。ビークルモードはイカついし。


「俺には彼女が居るってこと、ちゃんと説明していてね」
「はぁ……分かりました」


自意識過剰だと思うけどな。







そして数日が経った。
ディセプティコンが現れる気配はなく、アイアンハイドとの共同生活だけが続いている。

アイアンハイドはあれこれ言いながらも色々手伝ってくれる。遅刻しそうなときの送迎とか、私の体力が尽きたときは食事を作ってくれたり、買い物に行けば重いものを持ってくれて。

至れり尽くせりで不自由なく暮らしている反面、こんなに優しかったっけ、と思うこともしばしば。


まぁ、当初思っていたより気まずさは全くないし、かなり快適な毎日を過ごしている。……一人に戻ったときがつらいだろうなぁ。


「──あの男、お前と距離が近いんじゃないか」
「あの男?」


アイアンハイドは仏頂面でソファに座りながらそんなことを言った。

仕事を終え、買い物に寄り、無事に帰宅。ご飯やお風呂なんかを済ませて、今はテレビを見ながらゆっくりしているところ。

最初は壁に寄りかかって立っているばかりだったのに、今じゃ自分の家みたいにソファでくつろいでる。いやいや、もちろんいいんだよ! そうしてくれる方が私も楽だし。


「あの男って……」
「パン屋で一緒に働いてる奴だ」


こちらを見ながら食い気味で答えるアイアンハイド。

あぁ、井上さんのことね。


「別に、そんなに近くはないんじゃないですか?」
「どう見ても近い。アイツは他人なんだろう」
「そんなこと言ったらアイアンハイドの方が距離は近いよ」


今だってソファに隣合って座ってるんだから。事情聴取に来たときに比べたらこの距離感はありえないよ。


「俺はいいんだ。護衛だからな」


ふん、と機嫌が悪そうにテレビの方を向いた。


「何で怒ってるんですか?」
「怒ってない」
「嘘だ。怒ってますよ」


警戒しろって言ってたもんなぁ。どうしてそんな父親みたいなこと言うんだろうね、アイアンハイドは。


「あの人、恋人居ますよ」
「……そうか」
「美人さんで、今一緒に住んでるらしいです」
「…………そうか」
「あと、あの人は私のタイプじゃないです」


アイアンハイドは何も言わない。
もしかして、嫉妬? なーんて……そんなわけないか。
アイアンハイドって何考えてるかイマイチ分からないから、話しにくいときがあったり、なかったり。今はちょっと話しにくい。


「あの男の顔は確かに良くないな」
「あははっ! そりゃあ、アイアンハイドに比べれば、誰だって大したことないですよ」


基準が高すぎる。
アイアンハイドはサイドスワイプやジョルトの顔を見てるし、イケメンなNEST隊員も多いからそれが当たり前になってるのかもしれないけど……顔がいい人って、わりと少ないんだから。


「当然だ」


誇らしげに口角を上げるアイアンハイド。……笑ったとこ初めて見たかも! うれしい。怒ってるより笑ってる方がずっといい!


「……何ニヤニヤしてる?」
「アイアンハイドの笑顔、初めて見たので!」
「そんなことで……単純な奴だな」


今、貶された? 本当に嬉しかったのにな。


「いいんです、単純でもー」
「拗ねるな。笑顔くらい、いくらでもできる」


そう言いながら浮かべた表情は、笑顔と言うにはあまりにも固くぎこちない。それ、苦笑いより酷いんじゃない!?


「作り笑い下手ですね!」


無理に笑わなくたっていい。そのままのアイアンハイドでいい。無理に繕うなんて、アイアンハイドらしくないから。

彼は大笑いする私を見てムッと口を閉じた。「二度と笑わん」と低い声で言う彼に、今度は私が「拗ねないでください!」と機嫌を取ることになった。





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