最も偉大な発明家は誰か?

□また会える日まで。
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「えーと……僕はこれから仕事なので、失礼しますね」
「は、はい! あの、お店にはぜひいらしてください!」
「はい、これからもお世話になると思います」


男性は軽く頭を下げレジへ向かった。アイアンハイドはそれを見送り、不機嫌そうな顔で囁いた。


「アイツが例の男か?」
「うん、そうだよ。まさかこんな所で会うなんてね」
「……」
「アイアンハイド? どうかした?」


じと、とこちらを見てくる。わたし、何かしましたか!?


「お前、他の男に思わせぶりなこと言うな」
「思わせぶり?」
「また店に来いとかどうとか」
「ぇえっ」


それって思わせぶりかな? 営業トークとしては普通じゃない? あれくらいの言葉で絆されることなんてある? そうだとしたらあまりにも……おめでたい思考をしている。

私も会計を済ませた。アイアンハイドはさっきの女児向け食玩を買ったみたい。アメリカに居る知り合いの女の子にあげるんだって。レノックスさんの娘なんだとか。

先ほど歩いてきた道を引き返す。同じように手を繋いで。そうしたらアイアンハイドがまだ怒っている様子で口を開いた。


「男は意外とちょろいんだ。さっきは俺がついてたからいいものの、戻った後のことが心配だ」


やっぱり先延ばしにするか……? なんてばかなことを呟く彼に、苦笑いを返した。貴方が帰らなきゃ意味がないでしょ!


「大丈夫。私はアイアンハイド一筋なんだから」
「ンなことは分かってるが……」


当然のような顔。
あれまぁ、すごい自信。確かに私がアイアンハイドのことを愛してるのは当たり前なんだけど、そんなにすんなり受け入れられると逆にちょっと恥ずかしい。


「とにかく大丈夫だから! 安心してアメリカで治療してきてよ。ね?」


その言葉に、渋々ながらも頷いてくれた。
……アイアンハイドは私のことを好きでいてくれるからそうやって周りを牽制するけど、他の男性は全然私に興味ないと思うなぁ。





寒い寒いと言いながら帰って、適当に朝ご飯を食べた。何でもないような気がしていたものの、食事は喉を通らなかった。ちょっと無理して食べたけど。食べなかったらそれはそれでアイアンハイドが心配するから。

それからソファに並んで座って、何を話すわけでもなくぼんやりしていた。最後の日だからたくさん話して思い出を作っておきたいのに、何も言葉が出てこない。

なにか……なにか、一つでも単語を吐き出せば、紡いでいけるかもしれない。そう思って口を開いたら。

ピンポン、とベルが鳴った。


「あ……」


……ドアを開くと、NESTの制服を着た男性が立っていた。確かこの人は、日本語を話せる人だ。お迎えが来てしまったみたい。


「おはようございます。アイアンハイドを迎えに来ました。彼は……」
「ここに居る」


アイアンハイドは後ろから顔を覗かせた。「少し待ってろ」と言い中へ戻って行く。コートを着るなら手伝わなくちゃ。


「……咲涼」
「なぁに、アイアンハイド」


コートの襟を整えながら聞く。あまり彼の方は見ないようにしながら。だって今アイアンハイドを見てしまったら、耐えられないんだもの。


「こっちを見てくれ」
「それ、は……」
「嫌か?」


首を振って否定した。そんなわけない。嫌なんじゃなくて、ただ、私が折り合いをつけられていないだけなの。

ぐっと噛み締めると、アイアンハイドは私の頬に手を添えて上を向かせた。半ば無理やり自分と視線を合わせた彼は、いつもみたいに眉間にシワを寄せている。でも、浮かべた表情はいつもの怖い顔じゃない。……悲しそうな、つらそうな微笑み。


「時間があるときは連絡する。電話も、Eメールも」
「うん」
「機会があればアメリカの菓子も送る。好きだろ、そういうの」
「うん」
「それから……」


アイアンハイドは小さな深呼吸をした。何かを堪えるみたいに。窓の外を少し眺めて、すぐ私に視線を戻す。

かと思えば片腕でギュッと抱き寄せられて、わっと悲鳴を上げあげた。いつもいきなり抱き締めてくるんだから。


「……必ず帰ってくる」
「ぁ……」


わずかに震えた低い声。アイアンハイドらしくもないその声が酷く胸を締め付ける。
彼の背中に腕を回し、少しだけ力を込めた。


「待ってる。ずっと待ってるから。ぜったい、遊園地行くんだもんね!」
「あぁ、そうだな」


……どちらからともなく、触れるだけのキスをした。一瞬のような気もしたし、とても長い時間のような気もした。とろけるような甘さもあるのに何だか苦くて、くるしい。

アイアンハイドはゆっくり離れ、玄関に向かう。NEST隊員と二言三言話した彼は、玄関先で振り返って私の頭を撫でる。


「ここでいい。寒いから中に居ろ」
「えっ、車まで行くよ……!」


彼は首を振った。


「風邪を引かれたら困る」
「そんなに弱くありませんー!」
「どうだか」


飛行場までは行かせてもらえないのだから、せめてギリギリまで見送りたい。少しでも多くアイアンハイドの姿を見ていたい。次いつ会えるか分からないんだから。

アイアンハイドは「あー……」と少し言い淀んで、照れくさそうに微笑んだ。


「……愛してる、咲涼。またな」
「あ……」


軽く手を振って去っていくアイアンハイド。
少しの間、放心状態で立っていたけれど、慌てて玄関を飛び出す。そのときには彼はもう車に乗り込む寸前で、焦った私は咄嗟に叫んだ。


「私も愛してるッ!! アイアンハイドッ!!」


私の言葉に、驚きながらも笑ったアイアンハイド。手を振って「そんな格好で風邪引くんじゃないぞ」なんて……最後までそんなこと言って。

アイアンハイドを乗せた車は颯爽と走り去った。ゴツくてちょっと目立つその車が見えなくなるまで、ずっとずっと見続けた。ミニカーみたいになって、小さなゴマ粒くらいになって、一つの点になって、そして消えてしまうまで、ずっと。


「……」


家の中に戻った私は、力が入らずベッドに倒れ込んだ。大男ひとりが居なくなった部屋はがらんとして広く見える。


「ぅう……あぁ……っ……」


枕に顔を埋めて声を殺す。
行っちゃった。いつだって連絡はとれるし、また会えるんだとしても、やっぱり、寂しいな。




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