その他(短編)
□戦いの狼煙を挙げよ!
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唐突だが、俺は妹が好きだ。もちろん実の妹ではなく、同じ船に乗っている奴のことである。
名前は咲涼。この船の末っ子と言える存在だ。
正確に言うとエースよりも早く乗っているから末っ子ではないのだが、咲涼はどうも姉というには幼過ぎて、エースからも妹扱いされる始末だ。
そんな咲涼のことを、みんなここぞとばかりに可愛がり、甘やかす。俺もその一人だ。好きだと思うのなら当然と言える。
「マルコ! ご飯出来てるってー!」
「あぁ、分かったよい」
「今日はね、カレーだよ。パンみたいなやつつけて食べるんだって」
「ナンだねい。割りといけるよい」
どこの料理?と言いたげな顔をする咲涼。割と、というところにも疑問があるようだ。
だだっ広いダイニングには船員が溢れかえり、さらに言うとカレーの匂いが濃い。
全員がいっぺんにカレーを食べればそりゃあこうなる。しばらく匂いはとれないだろう。明日の朝だって別のもんを食いながらカレーを感じるのだ。恐らく。
「サッチ! ご飯!」
「はいはい、どーぞ」
「ありがとう!」
バタバタと走り、いつも通り居眠りをするエースを叩き起す咲涼。にこにこと笑顔を浮かべ楽しそうだ。
「はいよ、マルコの分も盛ってやったぜ」
「……」
「どうかしたか?」
「いや……」
ふと思うことがある。
アイツは若いし、ああやって同じように若い連中と話してるのが楽しいのだろうと。
アイツにとっての俺は、兄だとか同じ船のクルーだとかその程度の存在に違いない。
そんな奴から恋愛感情を抱かれていると知ったときには、さぞ引いてしまうことであろう。
「お前そんなこと気にしてんのかよ!」
「……仕方ないだろい、世の中おっさんにゃ厳しいんだ」
「そりゃ違いねぇな!」
他人事だからか笑い飛ばすサッチ。こいつのこういうところが腹立つ。ぶん殴ってやろうか。
「でもよ、やっぱり言ってみねぇと分かんねぇだろ。お前が咲涼を見てる時、明らかに女を見る目してるぜ?」
俺が咲涼を妹だと思えない時点で、気遣いや憂いは意味がなくなってしまう。
今まで散々女を抱いては捨ててきたくせに、恋に奥手だなんて格好がつかない。
いや、そもそもそれまでの女は、きっと俺と会うことがないと分かった上でのことだったはずなのだ。
だから、恋に落ちることも愛が生まれることもなかった。だから、簡単に手を出して簡単に離れることが出来た。
「島のオネーチャン達とは違うからなぁ。頭抱えてるお前も面白いけどよ、ここは玉砕するべきじゃねぇ?」
「フラれる前提かよい」
「おおっとこれは失礼!」
カレーはまた温めてやるから咲涼のこと探してこい。と笑ったサッチに舌打ちを残して、既に食事を終えていた咲涼を追って甲板に出た。
「あのフランスパンはどこまでもお人好しだよい……」
昔からの馴染みだからといって、こんな奴の恋煩いについて相談に乗ってくれなくたって構わないというのに。
甲板には掃除をサボる船員と、ナースに付き添われたオヤジがいた。今日は天気も良く、こころなしか調子が良さそうだ。
「オヤジ、咲涼を見なかったかい」
「咲涼はまた何かやらかしたのかァ?」
「まぁ、そんなところだよい」
オヤジは少し笑って部屋に戻ってるだろう、と答えた。もしくは洗濯の手伝いだとも。
俺は礼を言い、まずは無難に部屋へ行く事にした。
「マルコ」
「なんだい?」
振り返る。オヤジは俺に向かってわざとらしく口角をあげた。
「親として言うが、お前にゃまだまだ咲涼をやるこたぁ出来ねぇなァ……グララララ……!」
「なっ……!?」
──戦いの狼煙を挙げよ!
(まさかここでオヤジがご登場とは……!)