その他(短編)

□頷く他に何がある。
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私たちのキッチンは戦場だ。一般の家庭で主婦が旦那の帰りを待ちながら行う調理風景とは、全く違う。


このモビー・ディック号には千人以上の船員が居る。食事はかなりの量が必要なわけだが、それらは四番隊が請け負っていて、そうなればキッチンが毎度毎度慌てふためくのも仕方ない。


私はそんな四番隊に所属している。しかし戦争に加わることはなく、一人で黙々と作業を続けていた。



「レモンとってくれ!」

「フライパンが足りません!」

「魚当番誰だ!? 焦げるぞ!」




飛び交う怒号を背に、最後の盛りつけへ取り掛かる。その頃には他のみんなも完成させていた。今はもう食事時を過ぎて人が減っていく頃だが、それでも一度で全員分作れるわけではないから、本当に大変なものだ。


以前は私もその立場だったものの、何年か前に副隊長の地位を頂いた結果、今こうして幾分か好きにさせてもらえている。



「マルコさんこんばんは! 今日の夕飯はお魚メインですよ〜!」



私は入った当初から、こうしてマルコさんに食事を届けている。届けると言っても部屋まで行くのではなく、マルコさんが座るテーブルまでだし、隊長だけではあるが他の人にも届けている。


「いつもありがとよい、咲涼」



マルコさんは私の頭を軽く撫でてくれた。それだけで胸が温かくて、満たされた気持ちになる。

彼は料理を口にすると決まって美味しいと呟く。けれど日によっては塩気が足りない気がするとか、もう少し辛くてもいいかもしれないとか、マルコさんの好みを言うこともあった。

後からそれを書き起こして次回の参考にするのだ。






昔の私は身寄りがおらず、友人と二人で小さな料理屋を切り盛りしていたが、どうにも上手くいかなくなり、閉店することにした。


友人は引っ越したものの、私はそれからも同じ場所に住み続けていたのだが、以前お客さんとして来てくれた方がいらっしゃって、それが白ひげ海賊団の人だったおかげで今に至る。


もちろん最初は海賊なんて、と思った。けれど恥ずかしながらマルコさんに一目惚れをしてしまったのだ。

私が彼の胃袋を掴むしかない、と決意した。副隊長になったのだってその為だ。


彼の胃袋を掴むのは私だけ。他の誰にも絶対譲れない! だけど新人の私がワガママを言えるわけない。だったら副隊長まで上り詰めて多少好きにさせてもらおう。


私がこの手で彼の食事を作り、この手で運びたい。運びたいと言ってもマルコさんだけに届けては明らかに怪しいのでは? なら隊長全員に届けて誤魔化そう!


下心しかない。隊長達は、巻き込んでしまい申し訳ない。

四番隊の隊員達も仕事を押し付けて本当に迷惑だと思う。その分洗い物だとかは頑張っているつもりだから、許してほしい。



それくらい好きなのだ、彼のことが。
私の料理を食べているのはマルコさんただ一人。


当然、島へ行けば酒場だって利用するだろう。それはマルコさんの自由。

しかしそこで食事をした際に「船で食べる飯の方が美味い」と思ってくれたなら万々歳だ。


マルコさん自身のおかげで味の好みも分かってきているし、徐々に掴んできているのではないだろうか。

自分でも、ストーカーみたいで少し気持ち悪いとは思うのだが……。



「今日の味付けは随分と俺好みだねい。こりゃあ美味いな」
「本当ですか〜!」



こんなに嬉しいことはない。人生でナンバーワンだ。毎日言ってもらえたらどれだけ幸せだろう?



「昔とは見違えるくらい上達したよい」



にこり、と優しく笑ったマルコさん。その目はあまり笑っていなくてちょっと怖い。



「気付かねぇわけねぇよなぁ。お前が副隊長になってしばらく、前とは違う味付けだったし、そうかと思えば日に日に俺の好きな味に変わっていくし。何より、お前の視線が痛いんだよい」



笑って、また料理を口に運んだ。

バレていたということだろうか。隠せていたつもり、だったのだが……。

そりゃあ自分でもマルコさんの前に居たら表情が緩むのだって分かってはいたけど、他の兄弟にだって似たようなものだと信じていたし……。


いや、そもそも、手練のマルコさん相手に敵うわけもない。



「すっかり胃袋を掴んでくれちまって。責任はとってくれるんだろうな?」









──頷く他に何がある。


(私が掴んだのは、彼の胃袋と心、だった。手放す気はもちろんない!)






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