その他(短編)

□分かった、一緒に帰りたかったんだね?
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片想いっていうのは、一般的に切ないものだけど、実際そうでもないと思う。


例えば好きな俳優さんやアイドルが居たとする。その人は自分には手の届かない人(物理的にも、地位的にも)だ。

その人が好きで好きでしかたない。けれどお付き合いなんて出来るはずない。だから高望みなんてしない。

「テレビ越しにしか見れない人達を相手に結婚だとかなんだとか、そんなの考えるわけないでしょ」と思う人も居るだろう。

私もそう思う。けれど考えていないのではなく、無意識に封じ込めている可能性もある。
「手が届くはずないから交際などできない」と、それが大前提になった上でアイドルを好きになるのではなかろうか。


そういう片思いは、どうせ実らない恋だと分かっているからそういう楽しみ方ができる。恋ってしてるだけで楽しいものだったりするでしょ? ……まぁ、そうじゃないときもあるけど。


それなら逆は? 物理的に近しい人、地位的に近しい人なら手が届く気がしてしまうのではなかろうか。


隣の席。同じクラス。同じ学年。家の方向が近い。小学校が同じ。あげるとキリがないが、そんな近さは恋愛に発展することも出来るかもしれない、という錯覚を起こさせるのではないか……。

なんて思っちゃうんだけど、どうだろう?



「そんなこと言ったって、俺はソニアさんが好きなんだよぉ!」



目の前の彼……左右田和一くんもその一例。彼はソニアさんが好きで日々アタックを続けているのだが、どうも報われない。


ソニアさんは超高校級の王女。モノホン。だから左右田くんとはきっと釣り合わないのに……なんてことを言ってしまっては失礼だし可哀想だ。


「分かるよ? 分かるんだけどさ、割り切らないとやってけないよ、左右田くんが」
「うぅ……」
「期待はしない方がいいと思うんだよね……」



左右田くんはいい人だ。基本的に分け隔てなく優しくて、機械いじりが得意、なんてポイントも。ここに来る前は色々苦労もあったみたいだけど、私には踏み入ったことを聞く勇気はない。


「そんな……もっと優しい言葉をくれよ……」
「聞いてあげてるだけ有難いでしょ! 私だって悩みとかあるんだからね!」
「告白しねーのかよ?」
「……そっくりそのまま返すわ」
「勇気がねぇな」
「でしょうね」


私にも左右田くんのように想い人が居る。私の想い人はソニアさんのように地位的に高すぎる人、というわけではないけれど、絶滅危惧種の繁殖に成功しただとか……世界的に有名でもおかしくないことを成し遂げている。


「田中のどこがいいんだか」
「左右田くんなんて玉砕すればいいんだ……」
「ひっでェ! つーかお互い玉砕したようなもんだろ」



私の想い人、田中眼蛇夢くんに関して、特に誰が好きだとか誰と付き合っているとか、そういう噂は聞いたことがない。

だけど先程言った通りソニアさんとはいい雰囲気で、ソニアさんも「田中さん! 田中さん!」みたいな、グイグイ押していってる感じだ。恋愛かどうかは別として田中くんのことが好きに違いない。

左右田くんもそれは感じ取っている。だから一方的に田中くんをライバル視していて、ちょっと可哀想だ。田中くんが。



私は別に、ソニアさんに嫉妬なんてしない。田中くんがソニアさんと仲がいいのなら、それ自体は悪いことではないし、もし交際していればそれまでのこと。


私にとって彼は想い人であり、けれど決して手の届く範囲に居るとは思えない人物だ。物理的に近いだけの、ただそれだけの存在。憧れや一方的な好意にすぎない。


付き合いたいという願いだってあるが、そんな望みが叶うとは思えなかった。



「私は左右田くんみたいに付き合いたいなんて思ってないの! 玉砕も何もないわ!」
「素直になった方がいいんじゃねぇの〜?」
「もーうるさいな!」



ぎゃあぎゃあ言い争いをしていたら、ガラガラと音を立てて開いた扉。先生かと思ってそちらを見ると、噂をすればなんとやら、田中くんが居た。



「貴様ら、まだ居たのか」
「ハムスターちゃんは動物のお世話か?」
「当然だ」


忘れ物でもしたのだろうか。まぁ私には関係ない……けど……。


「田中くんはもう帰るの?」
「あぁ」
「じゃあ私も帰ろ。左右田くんと話してたら疲れたし」
「ひでーな」


話しながら三人で教室を出た。田中くんはどうしてここに来たんだっけ? 中に入ってから物を取ったりした様子はなかったけど……四天王に頼んだのかな?


「田中くん、教室には何しに来たの?」
「用などない。貴様らのやかましい声が聞こえたから寄っただけだ」


いつもと様子は変わらない。だけどなんとなく思ったことを、口にしてしまった。




──分かった、一緒に帰りたかったんだね?

(私達なんかが図に乗って、と思ったけれど、案外違ってもいないみたいで、やっぱり好きだなぁって、しみじみ思ってしまった。)






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