僕のヒーローアカデミア

□彼との距離を縮めよう作戦。
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「リピートアフターミー! "咲涼"!」
「……」
「無視は酷い……」



常闇くんと結ばれて早一ヶ月。特にこれといって恋人らしいこともしていない。しかもお互いに名字で呼び合っている。普段もあまり話さないし、クラスメイトの誰にも(恐らく)知られていない。良いのか悪いのか……。


彼と過ごす時間帯と言えば、誰も居なくなった放課後の教室くらいだ。私はその時間が楽しみで、毎日の苦行を頑張れる。

大体は私があれこれ話すだけだが、時々常闇くんからも多少話してくれる。


そして最近は下の名前で呼んでもらえるように頑張っている。どれだけ言っても絶対に呼んではくれないが。



「もう私達、一ヶ月経ったんだよ! 名前で呼ぶくらいしてくれてもいいと思いまーす!」
「それは俺だけじゃない、水無月もだろう」
「私はいいんです、まずは常闇くんから!」



理不尽? 知ったことか、相澤先生も言っていたじゃないか、世の中理不尽なことだらけだ、って!


常闇くんは椅子から立ち上がって、私の目の前に立つ。彼の方が少し高いから、その分見上げる形にはなるんだけど、なんとなく威圧が強い気がする。

ちょっと逆鱗に触れた?




「俺が駄目で水無月は良い、なんておかしいだろう。恋仲であるなら、運命共同体……可能な限り平等に課題は与えられて当然のはずだが?」
「えっと、あの、と、常闇くん……」



ゆっくりゆっくり後ろに下がって距離をとる。けれど彼が私との距離を縮めていくから、あまり意味はなかった。



「怒ってます?」
「怒りなどない。ただ……」



誰も居ないのをいいことに、ダークシャドウを発現させて私を捕らえる。

卑怯だ! フェアじゃない! 暴力反対!



離れていた距離がぐっと近付く。目と鼻の先には常闇くんの顔。というかクチバシ。こわい!


「"手本"を見せてもらおうと思ってな」
「て、手本?」
「水無月が俺の名前を呼べば、俺も呼応しよう。あんなにも強いて来たからには自分は出来るんだろう?」



あの紳士的な常闇くんはどこに行ったんだ、と思わずには居られない悪い顔をしていた。私だって呼べないのに! 恥ずかしいのに! なんて人だ彼は!



「ま、また今度にしようか! ね! 常闇くん、落ち着こう!」
「俺はいたって冷静だ」



困った。これは言うまで逃げられない。言っても逃がしてもらえないかもしれない。


耳元で「さぁ、早く」なんて掠れた声を出されて、思わず力が抜けた。ぎゅっ、と抱きしめられ、ドキドキが止まらない。

……ずるい。今まで手だって繋いだ事ないのに、急にゼロ距離って、耐えられるわけない。


「はなして、ねぇ、はなして……」
「水無月が名前を呼んだらな」
「ぅ……ふ、ふみかげ……くん……」



ね、呼んだでしょう、離して、と彼を見上げる。しかし一向に離れる気配はなく、むしろガッチリ固められてるような気がした。


「ねぇ、はなしてってば……!」
「……無理だ。扇情的過ぎる」
「えっ」
「困った……」



こっちの台詞だよ、と言いそうになったのを堪え、もうこんだけ恥ずかしいなら何してもいいや、と少しヤケになる。



「ん……」
「っ……!」


そして、顔……ふわふわした羽毛、に軽くキスをした。彼とはキスが難しいから、頬が精一杯だ。

常闇くんは目を見開いて固まった。こんな顔、普段は見ないからとても面白い。


けれど私が優位に居られるのはほんとわずかな時間で、次の瞬間には既に組み敷かれていた。



「煽ったのは、咲涼だからな……」



そう言いつつも彼は耐えるように目を閉じて、しばらくすると私から離れた。



「……忘れてくれ、帰ろう」
「わ、私! 常闇くんなら、そういうことされてもいい、よ……!」


鞄を持って教室を出ようとしていた常闇くんに、私は大声で言った。彼は少し驚いた様子だったけど、すぐに軽く笑って私の鞄も持ち上げる。


「置いていくぞ」
「えっ! 待ってよ!」


自分のものは自分で持つよ、と言ったのだが、彼はそのまま持ち続けてくれた。そんな優しさが紳士的でカッコイイ、と伝えたら不敵に笑って、


「だが、さっきので分かっただろう? 紳士はいつまでも紳士では居られない。男は獣だ」


なんて。……ちょっと笑えないかも。





──彼との距離を縮めよう作戦。

(縮めるどころか貞操の危機。自業自得? ……ぐうの音も出ないくらい的を射てる。)







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