僕のヒーローアカデミア
□寡黙さ故の遠回り。
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ヒーロー科の毎日は過酷だ。そんなもの当然と言えば当然だし、それを覚悟で身を投じたのだから良いのだが。
だけど実技があった日なんかは疲れて勉強も出来ない。いくら普通の授業とは言っても復習ぐらいしないと……。
それに、私は馬鹿だから試験なんかは大変だ。恐ろしい。
そんな日々を過ごす私だが、最近なんとなく気になることがある。それは……。
「……障子くん?私の顔、なにかついてる、かな」
「…………いや」
「そっか、ならいいんだけど……」
隣の席の、障子目蔵くん。大きな体で、複数の腕や口、顔の半分以上を覆うマスクが特徴的。
その障子くんがこのごろ、ものすごくこちらを見ている……ような気がするのだ。
彼はとってもカッコイイ。体育祭では梅雨ちゃんと峰田くんをおぶさって奮闘していた。こんなことを言うのもおかしいけれど、私も彼におんぶしてもらいたい。
別に彼のことが好きなわけではない。そんなに話したことなんてないし、だから彼のことはよく知らないし。
たぶん、彼の性格もあるんだと思う。障子くんが喋っているところは全然見たことがない。
上鳴くんや爆豪くんなんかはよく目立つ方だと思う。色んな意味で。そのせいで、彼らのことは多少分かる。
対照的に、さきほど述べた通り、障子くんはそもそも喋らない。関わりもなければ、そりゃあ知らないわ。
プレゼント・マイクの授業を聞きながら溜め息をつく。
ちらりと横を見ると、もう彼は私の方を見てはいなかった。気のせいじゃないと思うんだけど……。
彼にも可愛いところもあったりする。障子くんは体が大きいから椅子や机が小さくて、似つかわしくないというか、ちまっとした感じがとても微笑ましい。
個性が個性だから仕方ないんだろうけど、彼は大体ノースリーブだ。制服や、ヒーロースーツも。誰かから聞いた話、冬はポンチョで乗り切るのだとか。
「咲涼ちゃん、ご飯食べに行こ〜」
「ちょっと待ってー!」
お腹すいたぁ、と言うお茶子ちゃん。あんまり待たせるわけにもいかない。急いで行こうとしたら椅子に突っかかって転びそうになった。
「っわ!」
「大丈夫か」
ぎゅっと目をつぶるも痛みはなくて、代わりに温かみがあった。声の主は障子くん。私は慌てて立ち上がり、混乱する頭を落ち着かせようとした。
「あっ、ありがとう!」
「いや、怪我がなくて良かった」
「本当に、ありがと、わ、私いくね!」
逃げるようにその場を去る。
……つもりだった。
「待て」
ぱしっと掴まれた手。力はあまり入れられていなかったけど、振りほどくには強すぎた。そもそも私に力がない、っていうのもあるかもしれない。
「どうしたの……?」
「……後で、話がある」
それだけ告げてどこかへ行った障子くん。しばらく動けなかった。再度私を呼ぶ声が聞こえて空腹を思い出す。だけど、美味しいご飯も、今日はなんだか味気ない気がしてしまった。
「水無月」
教室に人が居なくなったとき。普段は私もさっさと帰るのだけれど、障子くんの話があったし、何かをするフリをしてやり過ごした。
彼はいまだ何を考えているのか分からず、ただぼーっとしていたように見えた。
「話、だよね」
「そうだ。……大した話じゃないが」
カバンをゴソゴソと漁り始めた障子くん。何がしたいんだろうか、彼は。
「これを、やろうと思ってな」
「……飴?」
くるくると丸まり円形になったスティックキャンディ。昔はよく食べていたけど最近は食べていない。というか、あまり見かけもしないし。
「なんで飴?」
「以前好きだと言っていたのを聞いてな」
確かにこういう飴は好きだ。童心に帰れる気がして。それに美味しい。
しかし、わざわざ話がある、なんて言うほどのことではない。例え皆が居てもどうせ隣の席だしさっと渡してくれればそれで済む。
恥ずかしかったんだろうか。ただの飴と言えど異性にプレゼントになるわけだし。
「それと……意味を、調べてみてほしい。本来は例のイベントでないと通用しないようだが……」
まぁ致し方ない、と呟いた彼は私から視線を逸らす。何のことだかさっぱり分からない。とにかく調べるしかないらしい。
「……これ、って」
──寡黙さ故の遠回り。
(赤くした彼の顔こそが、真実を物語っている。)
ホワイトデーにおいて、チョコをくれた相手にキャンディをプレゼントすることは、「貴方が好きです」という意味になるそうで。