僕のヒーローアカデミア

□きっかけは何でも良かった。
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プロヒーローになって早数年。気付いたら高校を卒業して、とある事務所に勤めさせていただいて、それなりに活躍もして、それから……恋人ができた。中学・高校時代はそんなこと一ミリもなく、プロヒーローになってからだって「ファンです!」と言ってくれる人が居るくらい。決して色恋沙汰はなかった。それなのに恋人なんて。


忘れもしない雨の日のこと。ヒーローとして駆け付けた現場は、近年稀に見る惨状で。吐き気を催したのは仕方の無いことだったと思う。

残虐非道という言葉すら似つかわしくないような振る舞い。罪悪感なんて知らないその眼。地の底から響くような声に、首すら簡単にへし折ってしまえる身体……その存在の全てが、悪だった。

辺りを染めた血は雨で流れていき、わずかに残る臭いも消えた。それでもそこは足を踏み入れるのをためらう空間だった。


誰もが恐れたそいつと戦っていたのは、ショート……轟焦凍くんであった。その姿を見たのは何年ぶりかという轟くん。あの彼でさえ苦戦を強いられている様子だった。けれど攻撃の手は緩めない。諦めたりしない。ヒーローであるはずの私が、ヒーローに、勇気をもらった。




「咲涼」
「……なぁに?」
「なに考えてるんだ。またあの時のことか?」


なんでもないよと返すと、そうかとだけ言ってテレビに視線を戻した。少し見すぎていたようだ。



「轟くんが近くにいるなんて、夢みたい」
「飽きるほど聞いた」
「あれぇ、そんなに言ったっけ」
「言ってた」



私の恋人は、轟くんだ。高校のときは話すことなんてできなかった。だって轟くんは抜きんでた才能をもつ、とてもすごい人なんだから。大したことのない私が話しかけるなんて、おこがましいにも程があった。


お付き合いを始めてまだ半年ほどだ。轟くんは有名だし、騒ぎになってしまうからあまりデートに出かけたりはしない。代わりにお互いの家を行き来して過ごすことが多かった。

轟くんが遅くなるという日は、よほど忙しくなければご飯を作って待っている。そんなことを始めたのは比較的最近のことだけど、なんだか夫婦みたいだな、なんて考えては1人台所でキャーキャー騒いでしまう。


「俺だって信じられねぇよ」
「私なんかを選んじゃったことが?」
「なんでだ」


そういうことじゃねぇ、と眉間にシワを寄せた轟くん。


「高校のときから好きだったんだ」
「え……初耳……」
「言ってねぇからな」


轟くんと再会したのは二年ほど前。雨の日の事件をきっかけに、事務所同士がよく関わるようになって、それと同時に私たちも会うようになった。プライベートという程ではないが、仕事の延長で色々と話をして、告白されて、交際を……。

轟くんなら選り取りみどりだろうに、と思ったのだが、彼は真剣そのもので、今に至る。てっきり再会してからそういう感情になったんだと思っていた。高校からなんて信じられるわけがない。



「な、なんで!? なんで好きになってくれたの!?」


しばらく沈黙を貫いた轟くん。言うまで待つ、と目で訴え続け、やがて轟くんは諦めたように口を開いた。



「……一目惚れ」
「は?」
「もう言わねぇ」


轟くんが一目惚れ? 私に? まさか。冗談はやめてほしい。そう思って見た轟くんの顔は真っ赤で、心臓が締め付けられるようにキュンとした。こんなレアな表情、本当にない。


「と、とどろき、くん」


もっと近付きたい。彼に触れたい。こんな私でも許してもらえるなら、ワガママを言ってもいいなら、彼をちょっとくらい振り回しても、いいよね。



「なんだ……ん……!?」


彼の首に手を回して、柔らかい唇に自分のものを重ねた。思えば私からキスしたのは初めてかもしれない。恥ずかしくて、できなかった。


「……珍しいな」
「したくなっちゃって……」


笑って誤魔化し、テレビに向き合った。轟くんはそんな私の体を持ち上げる。


「な、なに、どうしたの」
「したくなったんだよな?」


そういうことじゃない! という叫びも虚しく、ベッドに軽く放り投げられた。起き上がろうとした私を乱暴に押し倒して体を重ねる。

髪の毛で少しだけ影になった顔は、いつもより険しく見える。こういうときの、顔だ。



「あ、明日仕事だよ、それにこんなお昼から……!」
「明日は仕事だから昼からやるんだろ」


これは、もう、逃げられない。ご容赦くださいと呟いたが、届いただろうか。





──きっかけは何でも良かった。

(ささいな言動ひとつで、貴方は私を絡めとってしまう。それがとても心地いいとは口が裂けても言わないけど。)








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