幸運は勇敢な者を好む。

□これでも敵なんです。
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世の中は、一般市民と、敵と、ヒーローに分かれる。ヒーローは敵を退治する立派な人達だ。毎日必ず「ヒーローが敵を捕まえ、家族が救出されました!」なんていうようなニュースを見かけるし、ヒーローはみんなから賞賛の声を浴びるし……。


敵は当然悪い人間なのだろう。だから敵と書いてヴィランと読むのだろう。きっとそうだろう。


一般市民と敵の違いは何なのか。敵の中には普段はごく普通の生活を送っている人間もいるのではないか。敵とはなんだ?


私がもしも一般市民なら、こんなこと考えなかったと思う。だって敵は敵だから。



私は敵。ヒーローに討ち取られるべき存在だ。







「ヒーロー、すごいですね」
「おかげで俺らは生きづらい世の中になった」
「それは昔からじゃないですか?」



私が高校生のころから、敵連合という名前をよく聞くようになった。死柄木弔という少年を筆頭に大きくなっていく組織。表に出て何かをすることは少ないが、現在でも彼らは裏社会を牛耳っている。


私はそれとは別の敵組織に所属している。敵連合よりも前から存在しているけれど、立場はずーっと下だ。知っている人だって多くないのではないだろうか。



「嫌なこと言うよな、お前」
「貴方に似たのかもしれませんね」



私の返答に、彼はうぜぇと呟いた。


彼、というのは私が居る敵組織のトップだ。まぁ、組織といってもメンバーは10人にも満たないし、その中でのトップだから、大したことない、かも。

彼の名前は知らない。ずっと昔に名乗っていたかもしれないけど、記憶に残っていなかった。別に知りたいわけじゃないし、知らなくたって支障はないので、知らないまま過ごしている。メンバーのほとんどの人間が彼をリーダーと呼んでいた。だからみんな彼の名前は知らないんだと思う。



「世間はヒーローヒーローって、腹立つよな」
「私はヒーローのこと好きですよ、敵ですけど」
「そりゃあ、お前が根っからの敵じゃねぇからだろ」



確かに、私は敵組織に所属することを望んだわけじゃない。幼い頃はヒーローに憧れを抱いたこともあったし、私もあんな風になりたい!と思ったこともある。しかしそれを許される立場じゃなかった。



「でも最近は敵として様になってきたでしょ?」
「多少な、多少」


別に無理して敵になることもないのだけれど、敵組織に所属する以上、少なからずそれっぽいことをしておかないと、他のメンバーからどやされてしまう。私は最年少だからそこそこ可愛がられてはいるものの、ことあるごとに怒鳴り散らしてくる人がいるから。


思い出すだけで眉間にシワが寄ってしまう。あぁ、あの人は本当に嫌だ。最近は会っていないのが幸いといえる。


「……私、ちょっと出掛けてきますね」


返事を聞かずにアジトを出た。アジトと言っても普通の住宅だ。木を隠すなら森の中、いわゆるシェアハウスとして使っており、メンバーが数名住んでいる。私もそのうちの1人だ。身寄りが居らず、一人暮らしも自信がないから。

住宅地のど真ん中にあるので当然人通りは多いが、それがむしろ目立たなくていい。どれだけ奇抜な格好の人間がいても、個性が溢れるこの世の中ならあまり気にならないし、安心して暮らせる。



炭酸飲料が飲みたくなったのだが、冷蔵庫には入っていなかったので、近くのコンビニまでやってきた。


「ヒーロー、コラボキャンペーン……」


対象のドリンクを買うと、ヒーローのステッカーが貰える、というキャンペーン。私がほしい柑橘系の炭酸飲料は、アホになることで有名なチャージズマのステッカーが貰えるそうだ。スポーツドリンクはインゲニウム、コーヒーはエンデヴァーなどなど……。

そういえばエンデヴァーは、いつからか威圧感のような怖さがなくなっていた。貰えるステッカーのエンデヴァーも、なんだか柔らかい笑顔を浮かべているように見える。


「アップルマンゴー&カルピス……ピンポイントすぎる」



半分でくっきり分かれた赤白の特徴的な髪や、綺麗なオッドアイ、テレビ番組で垣間見える天然さ……っていうかそもそも顔がいいことなどから女性の人気を集めるヒーロー、ショート。彼はアップルマンゴー&カルピスだそうだ。



「色合い的にショートぴったり……」


炭酸飲料とアップルマンゴー&カルピスを手に取り、会計を済ませてステッカーを貰う。ショートは人気だから無いかと思ったが、店側もそれを見越して何百枚も仕入れたそうで。カルピスもそれだけ仕入れたということだろう。そりゃあすごい。


「ショート、ちょっとあほ面かも……」
「あ?」


レジ袋片手にステッカーを眺めていて、思わず独り言を呟いてしまったとき。近くから声が聞こえて驚いた。


「ひ!ぇ、あ、しょ、ショート……!?」


勢いよく顔を上げると、眩しい赤と白が視界に入り、目の前の人物は「やべぇ」と言いたげな顔で目をそらした。


「ちげぇ、ショートじゃねぇ」


いや、ショートじゃん。








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