幸運は勇敢な者を好む。

□触らぬ神に祟りなし。
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「あ、握手、お願いできますか……!?」
「あぁ、まぁ、急いでねぇから」



カジュアルなシャツを羽織っているショート。プライベートなのかもしれない。それでも握手はちゃんとしてくれて、とても優しい。


「応援してます!」
「ありがとう」


相変わらずの無表情で返事をした彼は、軽く手を挙げて歩いていった。ヒーローをこんな間近で見たのは初めてだったので、心臓がドクドクいって、今死んでもおかしくないんじゃないか、と思った。

そのときスマホに電話がかかってきた。リーダーからだ。なんなのよ。



「もしもし?」
『そば買ってこい』
「そばぁ!?もう買い物終わりましたけど!」


連絡が遅すぎる。もっと早くしてくれれば買ってあげたのに。だいたい何でそばなんだ。アンタうどん派でしょ。


「そんなことより聞いてもらえます?私、さっきショートに会っちゃったんです!握手もしたんですよ!」
『どうでもいいな』
「ひっどいな」


当たり前だろと返され、確かにと頷くことしか出来なかった。敵だもんね、ヒーロー相手にテンションあがっちゃあ駄目だ。だけど本物に会っちゃったんだ、仕方なくないか?


『とにかくそばだ』
「しょうがないですね、買ってあげますよ」


電話を切ってため息をついた。リーダーはどこからか資金を得て、私たちの生活を養ってくれている。私も仕事はしているけど、やっぱり出費はリーダーが1番多いのだ。

そのお金の出どころをあえて聞くことはしないけど、リーダーの仕事も知らないし、そもそも仕事しているのか?と疑問が浮かぶ。やばいお金なのではとメンバーでは話しているが、敵なのでどうということもないだろう。



「なぁ」
「しょ、ショート!?」


どこかへ行ってしまったはずのショートが、いつの間にか戻ってきていた。


「お前、水無月だろ。水無月咲涼」
「え、何で知って……」


ショートと会ったことはない。名乗ったことだってない。私はメディアに出たことなんてないから、ショートが私を知っているはずないのだ。



「……あ!轟くん!?」
「そうだ」


中学校のとき同じクラスだった轟焦凍くん。中学生らしからぬ冷静沈着さから、全く話しかけることができなかった。影で女の子から大人気だったのは言うまでもない。中学生なんてまだまだ子供。そのなかで彼だけが大人びていれば、そりゃあモテるだろう。



「私のこと、覚えてたんだ……」
「当たり前だろ」


当たり前だなんて。そんなこと言われるほど、関わってないのに。というか、轟くん……雰囲気が変わった?とても柔らかくなったような……。



「ショートが轟くんだったなんてびっくりだなぁ。轟くんは雄英行ったんでしょ?」
「あぁ。荒波に揉まれた」


あの頃の雄英は何かとニュースが多かった。内容は忘れたけど記者会見もやったり、体育祭は同級生が出ていたこともあって大注目だった。現在はプロヒーローをやっている爆豪という少年が怖かった。私より敵らしいというか。



「水無月は?今何してんだ」
「私は飲食店で働いてる」


お忍びで来てよ、サービスするから!と言えば、彼は少しだけ微笑んでそうだなと答えた。轟くん、笑うんだ……。


「轟くん、忙しいんじゃないの?大丈夫?」
「あぁ……そろそろ行かねぇとな。名刺で悪いが渡しとく。暇なとき連絡してくれ」


名刺を1枚渡し去っていく轟くん。仕事用なのだろう、ショートと大きめに書かれていた。事務所の住所や電話番号などもある。たぶんこれは事務所の電話番号だけど、連絡って、これにしろってこと?

そもそも私から轟くんに何か用事なんてないだろうし……と思いつつ名刺を裏返すと、走り書きしたような字で別の番号が書かれていた。その近くには「俺の」とだけ記されている。


「どう、しよう……」




帰ってから、頼まれていたそばのことを思い出した。リーダーには少し怒られてしまった。結局のところ彼が自分で買いに行き、 私は自分の部屋のベッドにごろりと横たわる。


会ったのさえ何年かぶりなのに、あの轟くんと話すなんて私ってかなり凄いんじゃないの。



「電話、するべきかな……」


だけど曲がりなりにも私は敵。同級生とはいえ現役ヒーローと関わって得があるだろうか。いいや無い。


私は昔から、敵であることを周りに隠して生活してきた。それがバレたことはないと自信を持って言える。だから隠し通すことは出来ると思うが、ヒーローというのは決まって、妙に勘が鋭いものだ。



よし、連絡しない!









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