幸運は勇敢な者を好む。

□恒例行事にお邪魔します。
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「こないだ出くわした敵が、昔爆豪が捕まったヘドロに似てたんだよなぁ!ちょっと笑っちまった」
「笑うな!クソがッ!」


流されるがままやってきたのはいいが、やはり場違いな雰囲気は否めず、明らかに浮いていた。ヒーローの皆さんはそれぞれ仲のいい人と話したりしているが私は初対面ばかり。突然入り込んできた余所者に構うほど優しい人も居るわけない。ヒーローだってこんなときくらい、ヒーローであることを忘れてもいいはずだし。

なんで来ちゃったんだろう。一瞬でも「お酒の席ならあんな情報やこんな情報、耳にできてしまうのでは!?」と考えた自分を殴りたい。


隣には唯一の知り合いである轟くんが座っているものの、彼だって知り合いの域を出ない人だ。かろうじて友達と言えるくらいか。しかも今はデクと喋っている。私は完全に1人だ。どうしろっていうの、この状況。


少し前に流行っていたなぁと思って頼んだハイボールをちびちび飲みながら、手持ち無沙汰におしぼりを触る。

そういえば、ヒーロー・ダイナマイトもこういう集まりに来るんだなぁ。当時の体育祭でのイメージは酷かったし、今も人を選ぶ性格だから意外だ。かなりの偏見だけど。



帰りたい。いたたまれない。せっかく同級生が集まっているのに部外者が邪魔してどうする。轟くんはどうして私を連れてきたんだ。もうお代を置いて帰ろうか。みんな私のことなんて気にしていないだろうし、途中で抜けても気付かれないはず。


「何してんだ」
「と、轟くん……いや、あの、帰ろうかな、って」
「用事あるのか」


立ち上がった姿勢で「ないけど」と口ごもると、「ならいいだろ」なんて言って手を引いた。また座り込んだ私は、周囲のヒーローから少し注目を浴びていたことに気づき、うつむいた。


「轟くんはいいかもしれないけど!私!ヒーローに囲まれて!気まずいんですけど!」


轟くんしかまともに話せないんだから放っておくのはやめてほしい。彼らだって何なんだコイツって思ってる、絶対。


「じゃあ、私とお話しませんか!」
「う、ウラビティ……っ……!」


テーブルの向こうからずいっと体を乗り出してきたウラビティ。可愛い、うららかだ、近い……!


「私、麗日お茶子っていうんです。あなたは?」
「水無月咲涼、です」
「水無月さん!」


よろしく、と笑ったウラビティ。素敵な笑顔だ。ヒーローの笑顔は安心する。柔らかく包み込んでくれるようで。こんな笑顔と闘うことなんて、出来るのか。同時に不安にかられた。


ヒーローがヒーローたらしめるものが底知れない正義だとすれば、敵を敵たらしめるものは何なのだ。ヒーローに立ち向かうだけの何かを敵は持っているのか。



「轟くんとはどういう関係なんですか?」
「中学のときの、同級生で……」


友達とは言いがたい。しかしただの知り合いとも言えない。実際なんなのか、こちらが聞きたいくらいには不思議な関係だ。



「2週間くらい前に久しぶりに会ったんです」
「へぇ〜」
「飯も行った、2人で」


それ、言わなくて良くない!?と思ったけど、ウラビティはそうなんだ、とだけ言った。私にとって2人きりで食事に行くなんてやばい、という認識があるんだけど、人との関わりが多いヒーローにとっては大したことないの、かな。



「轟くんと2人で食事……?どういう関係なん……?」


大したことあるみたいだ。轟くんが相手ならそりゃあそうか。彼の女性関係の報道は耳にしたことがない。友達だと言う人すら聞いたことないし。


「友達で、いいのかな」
「今はまだ友達だな」
「……まだ?」


ウラビティと顔を見合わせた。まだってなんだ。それ以上何かあるのか。友達以上ってなんだ。少しずつ、にやついた顔になっていくウラビティと、混乱が増していく私。



「私やっぱり帰ります!」


今度は返事を聞かずに店を出て、走る。お金はさっき出したままの分があるけど、足りるだろうか。そんな心配も浮かんではすぐに消えた。

轟くんの言葉が頭から離れない。親友?恋人?何にせよ、彼ともっと親密になる想像なんて、出来なかった。できるわけがない、そんなの、できるはずが。


ぐらり、と体が揺れた。足元が動かなくなって、上半身のみ走る勢いをそのままに。朝は暑くなったこの頃を憂いていたはずが、その足は真冬を思わせるような冷たさを感じていた。

何事かと足を見れば、そこでは氷が足と地面を繋いでいて、力を入れようにもびくりともしない。素肌に氷が当たっているせいで直に冷たさを感じる。もう感覚がなくなりそうだ。


「水無月!」
「なに、これ、とどろき、くん」


わりぃ、と左手から熱を出し、氷を溶かしていく。温かさは身にしみるが靴の中がべちゃべちゃになってしまった。



「ヒーローだからって、そうやって個性乱用するのはどうなの」
「……わりぃ」


轟くんはシュンとしてしまった。その様子は子犬のようで、耳すら見えそうなほど。

何で来たの?とか、もしかして追いかけてきたの?とか、こんな濡れまくりの靴で帰るの嫌なんだけど!とか、色々と言いたいことはあったけど、ヒーロー活動をする普段の彼からは想像もつかない可愛さに、思わず許してしまった。


「恒例行事なんでしょ、来ちゃって良かったの」
「あいつらとは現場でも会える」



いつ会えるか分かんねぇ水無月の方が大事だろ。と言ってのけた彼は、本当に天然で、罪な人間だ。








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