幸運は勇敢な者を好む。

□なかったことになってくれたら。
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2日後。仕事は基本的に夕方頃からなので、いつも暇を持て余す午前中に、轟くんからLINEが来た。近いうちに飲みに行くという話と、私の連絡先をウラビティに教えても構わないか、という内容。

断わる理由はなかった。敵としてヒーローから情報を聞き出す目的もある。しかし、そんなことより、純粋に友人になれたら、と淡い期待を抱いてしまったのだ。

ただの一般人がヒーローとお近付きになるなんて普通はない。それもこれも中学時代の私が轟くんと同級生だったおかげだ。ありがとう、昔の私。全然話してなかったけど、今は問題ないよ、良かったね。



これをリーダーに報告することはなかった。以前の私なら逐一報告していた。組織において大切なのはホウレンソウだと昔から教えられてきたから。それは今でも身についた習慣には違いないのだが、私だって自立が必要だ。

全てを相談して決めていては人間としても成長しない。自分で考えてやったっていいはず。連絡くらいはもちろんとるし、何かあれば報告もするけど、全部言うことは無い。


だいたい、リーダーだって敵らしい活動はまったくしてないじゃないか。何年か前は表に出てヒーローと戦ったりしていたそうだ。どれほど凶悪だったのか私には知る由もないけれど、指名手配をされる程度には、名の知れた敵なのだ。それが今では家に居てばかりで何をやっているのやら。


先日の恒例行事にお邪魔したせいで、あの場のヒーローたちには顔が知られてしまっただろう。外見を知られていないことは敵の有利な点でもあるのだが仕方ない。

だからあえて仲良くさせてもらって、個性を使いやすくすればいい。アイコンタクトは目の合図のこと。全然親しくない人に合図をしたって通じない。けれど親しい人ならばどうだ。目は口ほどに物を言うわけで、仲が良ければ良いほど通じ合える。

あんな素敵なヒーローたちを利用するのは気が引けるけれど、私の立場上、抗えない。


今となっては敵として生きなくたっていいのに、惰性で現在に至っている。決別なんてカッコイイ言い方をするほどの過去はない。しかし、決別なんて出来るほどのことでもない。むしろ絶対に不可能なのだ。



私の親は"敵"だ。彼らはそれぞれ殺人を犯し、無期懲役で服役中、現在7年目。私が高校2年生の頃から刑務所の中で暮らしている。

蛙の子は蛙とはよく言ったものだ。きっかけは何にせよ、彼らがどちらも敵だったおかげで、私は生まれた時点で敵の仲間入りを果たしたわけだ。


親が殺人者であることは人生の汚点といっても過言ではない。忘れたいくらいの現実。夢ならばどんなに良かったことか。世間にとって犯罪者の娘とは、犯罪者に匹敵するだけの憎悪を抱く対象だ。親が殺人を冒すイカれた人間なら娘にもその血が流れてる。そうやって叩き潰すのが世界だ。



高校2年生、華のセブンティーン。大人に近付いていき、進学やら就職やらの悩みに取り付かれない、ギリギリのライン。青春真っ盛りのセブンティーンは、同時に思春期真っ盛りであり、デリケートな時期でもある。そんなとき親が捕まったとなれば恰好の的になるのは目に見えていた。

しかし袋叩きにされたのは不思議とほんと数日間しかなかった。昨日は帰り際にバケツいっぱいの水をかけてきたあの子も、ノートを個性でぐちゃぐちゃに切り刻んだその人も、みんな以前と変わらない態度に戻った。それまでのことを覚えていないみたいに。


理由は未だに分からない。きっと誰かの個性なんだけど、もはや検討のつけようもないのだ。



私の個性は祖母からの隔世遺伝だった。両親の個性は覚えていない。彼らと過ごす時間は少ししかなかったし、その中で個性を見るのは皆無。リーダーなら何か知っているだろうが、知ってか知らずか話してはくれなかった。

この個性で、世の中に役立つことが出来るのかと、何度も考えたことがある。誰だってヒーローに憧れる。しかし憧れを手にすることができるのは一握りの人間だ。私はその中には入れなかった。


そもそも親が人殺しで、同じ血が流れる私に、ヒーローになる資格なんてあるだろうか。そう思うと、とてもじゃないが光を浴びることは出来ない。あれは両親から私に対する宣言なのだと感じる。『お前が表の世界に生きることはない。自分たちが存在する限り、お前は裏でしか生きていけないのだ』と。

結局のところ私は馬鹿正直で、逆らうだけの勇気も力もなくて、ずるずると鎖を引きずりながら敵として生きている。



轟くんと関わることで、何か変われるんじゃないかと期待している自分がいる。でもたぶん、きっと、このままだ。



今日はお仕事なの?と送ってから返事が来ないので、実際仕事なんだろう。間が空いてしまったが、頑張ってねと伝えておいた。他にも言いたいことはあった気がする。だけど言葉が出ない。仕方ないからスマホを放り出してベッドに横たわった。


近いうちに飲みに来るって、予定が決まれば教えてくれたら、頑張って料理の腕をふるうんだけど。

早めにきてくれたら、いいな。









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