幸運は勇敢な者を好む。

□ほろ酔い気分の夜道。
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「水無月」
「なに、轟くん」
「水無月」
「なぁに」
「聞いてるのか、水無月」
「聞いてるってば」



あれから1時間ほど経って、既に"出来上がった"おじ様たちは帰って行った。お客さんは轟くん1人。個人営業ということもあり、もうすぐ店じまいなのだけれど、彼に動く様子はない。

轟くんは特に酒に弱いイメージはなかったが、オジサンたちにあおられてずっと呑んでいたからか、さすがに酒の巡りがいいようだ。普段と変わらないように見えてかなり違う。顔が少し赤いし、目がちょっと虚ろでぼぅっとしている。普段からどこ見ているのか分からない節はあるが。


「轟くん、酔ってるでしょ。遅くなっちゃうし帰った方がいいよ」
「水無月も帰るのか」
「私はまだ……」
「なら帰らねぇ」


何言ってるのと説得しても緩く頭を振るだけ。子供か。でもたしかに、ヒーローになるほどの力があるとはいえ、こんな状態じゃ心配ではある。かといって私が居たからどうにかなるわけでもないけれど、1人にするよりはいいのかな。



「いいよ、帰りなよ!明日は定休日だし、お友達なんでしょ?ショートは」


あれよあれよと押されるうちに、私と轟くんは店の外に出されていた。仕方が無いので駅に向かって歩く。私はここから歩いて帰れる距離に家があるので、駅に行く必要はないんだけど、まぁ轟くんはここら辺の道に慣れてないだろうし、心配だし。


轟くんと2人きりというのは緊張する。ただの中学時代の同級生というだけなのに、憧れだったヒーローが近くに居るんだから当たり前だ。



酔ったときというのは、誰だって羽目を外すことが多い。それは轟くんもきっと一緒だった。普段は話してくれないようなことを言ったり、饒舌になったり。今ならたぶん、色んなことを聞き出せる。もしかしたら敵に関する情報だって聞けるかもしれない。

ヒーローにとってヒーローは仲間であるだろうが、私たちにとって他の敵は仲間ではない。ヒーローだけでなく敵のことだって、喉から手が出るほど知りたいのだ。



「轟くん」
「なんだ?」
「……やっぱり、なんでもない!」



横に首を振って誤魔化した。また今度、また今度聞こう。もっともっと仲良くなってからの方が、いいでしょ。






「あちぃ」


しばらくして、小さく呟いた轟くん。


「風も生ぬるいね」
「あぁ」


また、沈黙が舞い戻った。話題も思いつかないし、轟くんが何か話してくれるわけでもなくなって、気まずいと言えば気まずい。初めて食事をした日は何を話したかな。久しぶりだったからなぁ。お互いの現状を話したりしたっけ。

ぼんやりとあの日のことを思い出す。緊張もしたけどなんだかんだ楽しい夜だった。


不意に右手に何かが触れた。優しく包み込むように握り、感触を確かめるように緩く力を入れられる。思わず肩を大きく揺らして隣を見た。轟くんは何でもないような顔でこちらを見ている。


「水無月の手、つめてぇな」
「轟くんの、手が……熱いだけ、だよ」


手を振りほどく気にはならなかった。こうすることが心地よいと思ったし、できるならばこのままで居たいとも思った。

右手はどんどん熱くなって、汗ばんでいく。この熱が轟くんから移されたものなのかは分からない。けれどその熱は顔や首のあたりにまでやって来て私を追いつめるのだ。具合が悪くなるような胸の高鳴りを武器にして。


少しだけ微笑んだ彼はまた前を向いた。手はそのまま。むしろ心なしか力が強くなったような気がする。痛いほどではないが、彼の手を意識してしまう程度の力。意外にもゴツゴツとした骨ばった手で、彼も立派な男の人なんだと思い知らされた。


「氷出した方が、もっと冷たいんじゃないの」


私の言葉に、彼は「そうだな」と呟いた。



「だけど俺は水無月がいい。……ダメか?」
「……だめ」


轟くんは少しだけ、本当に少しだけ、眉をひそめた。手に加わる力は弱まっていって、私から離れようとする。私はそれを押し止めるようにぎゅっと握ってちょっと笑った。



「……って言ったらどうしますか?」
「なっ……」


からかってんのか、と言いたげな顔。轟くんはせわしなく視線を動かして溜め息をついた。それから緩めた手を繋ぎ直す。誰もいいとは言ってない、と小さく申し訳程度の抗議をしたが、うるせぇと一蹴されてしまった。



「水無月は、約束、覚えてるか」
「約束……」
「あぁ」



轟くんは口を閉じた。続きはないらしい。



約束なんて、した覚えはない。何度も言うように私達にそもそも関係性はなくて、今でこそこんなに話しているけれど、それが逆に不思議なくらいで。

彼に儚い好意を抱く女の子はいっぱい居たし、玉砕する子も同じだけ居て、かといって男子の中にも彼と並ぶ人物は居ない。彼は常に孤高だった。そんな轟くんと約束することなんて。



閑散とした駅に着いた。私たち以外に人は居なかった。手はそっと離して改札へ向かう彼の背中に、出来るだけ大きな声で答える。



「また会ってくれますか!」


轟くんは片手を軽くあげ、アナウンスが響くホームに消えていった。



結局、約束について何も答えられなかった。轟くんが冗談を言うわけがない。だから約束っていうのは、きっとほんとにあったのだろう。なのに思い出せない、分からない。



「なんなの……」








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