幸運は勇敢な者を好む。

□思い出のアルバム。
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何日考えても約束は思い出せなかった。もしするとすればどんな約束だろうか。覚えてるかと言われたから、10年越しでも構わないような約束なのかもしれない。約束、約束……。

そうだ、約束に関するものが残っていないだろうか。再会したらそれを返すとか、そんな感じだったりしないだろうか。


思い立ったが吉日、部屋の中を荒らす勢いで見覚えのないものを探した。約束を覚えてないんだから物にだって記憶はないはずだもの。


結果から言うと何も見つからなかった。強いて言えば、高校時代、鞄にずっとつけていたせいで少々ボロボロになったストラップが出てきた。コアラのような、よく分からない生物。でもどことなく可愛い。懐かしいなぁ。私はあまりこういうのを買わないから、きっと誰かに貰ったんだろう。せっかくなのでポーチのチャックにつけておく。

それから卒業アルバムも発見した。中学のものも、高校のものも、押し入れ奥深くのダンボールに詰めてあった。


「うわぁー!懐かしいー!」


久々に見る顔がたくさんで、そういえばこんな人も居たなぁとうっすら考える程度にしか記憶はなかった。だけどページを進めて課外授業や修学旅行の写真を見るうちに、どんどん思い出がよみがえる。嫌なこともあったけど今となっては笑い話だ。



アルバムの最後、寄せ書きのページ。多いとは言えない友人たちにたくさん書いてもらった。ほとんど落書きみたいなものだ。その落書きから離れた端っこの方にぽつりと書かれたメッセージを見つけた。他はオレンジや青などカラフルな色ペンが使用されているのに、これだけ普通の黒ペン。


それには名前が添えられていなかった。ただ『いつかまた、約束の日に。』とだけ記されている。その横に摩訶不思議な、珍妙な、何と形容することも出来ない生物らしきものが描かれていた。目と鼻っぽいものがあるし、耳っぽい大きなものが両サイドについているから、たぶん生き物だ。


……よく見ると、ストラップの生物に似ているかもしれない。見比べてみると確かに雰囲気がある。瓜二つと言えるほど絵は上手くなかったが。前衛的すぎて。


この黒ペンは、誰だ。約束ということは轟くんだろうか。むしろ彼以外には考えられない。じゃあなんだ、彼がこの絵を描いたんだったら、ストラップは彼がくれたということじゃないか?




なんで?轟くんと私はただのクラスメイトで、寄せ書きを書いてもらうことすら出来ないような仲で、話すこともなかったはずなのに。そんな関係なら強く記憶に残るに決まってる。約束の日っていつ?もう過ぎてしまったの?それともまだ来ないの?どういうことなの、なんで何も分からないの!



思い出せないというより、本当に、記憶になかった。これっぽっちもたぐり寄せることができなくて、不安と焦燥感に駆られる。どれだけ引き出しを開けて中身を引っ張り出しても、欠片すら、見当たらない。

実際のところメッセージが轟くんからなのかは分からない。けれど今の私には彼しか考えられなかった。これが友人たちの他愛もない悪戯心による落書きだったらどんなに良かったか。ねぇ、これ書いたのってあんた達でしょ!変な落書きしないでよ!……そんな会話だって、記憶に残っただろうに。

彼との何かが失われていることが、何よりも恐ろしかった。



「ひっ、あ、電話……!」


着信音が鳴り響いた。どこに置いたか分からないスマホを探す間も音は止まない。ずいぶんと待ってくれる人だな、とぼんやり考えた。やっと見つけたスマホは案外近くに置いてあった。なんだよもう、なんて呟いて画面を見た途端、電話に出ることを思いとどまってしまった。


轟くん、と書かれた着信画面。電話を繋ぐことは訳ないのに、そうすればすぐにでも彼の声を聞くことができるのに、体は自由に動かない。

不意に途切れた着信音。画面は閉じられ、不在着信とだけ表示された。どっと息を吐き、早まる心臓を押さえつける。妙な汗が流れる背中や乾く口内に不快感を覚えるが、それどころじゃない。


何も分からないのに彼と言葉を交わすのが怖くて。約束のせいで昨日まで平気だった何かが崩れてしまうのが怖くて。それなら彼と距離を置くのが最善なんじゃないか、そう思ってしまった。



「どう、しよう」


轟くんに電話をかけ直せばいい。ごめんね、気付かなかったの。何か用かな?それでいいじゃないか。何ならメッセージでも構わないだろう。とにかく早く返さないと。午前中は暇だって言ったのは、私だもの。


そう考えた私だったが、スマホを置いて歩き出したのも、私自身だった。財布も何もかもを置いて着の身着のまま家を出る。特に行き先はなかった。都会の薄汚れた空気を吸って、何も考えずに歩いた。

やがてコンビニに着いた。ちょうどリーダーがレジで会計をしている。家に居ないと思ったらここに居たのか。

店を出たリーダーもこちらに気付いた。戸締りしたのかなんて敵らしくないようなことを言う。鍵はかけていないが、私の他に数名が在宅していたし、たぶん大丈夫。


リーダーは周りに人が居ないことを確認して、小さく耳打ちしてきた。



「仕事が1つ出来た。お前がお望みの"法に触れない程度"だ」



たぶんな。と付け足したリーダーは、ちょっと信用できない。







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