幸運は勇敢な者を好む。

□先行き不安定につき、要注意。
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敵であることに、実感はなくとも抵抗はないはずだった。なのに、犯罪に手を染めるのはどうしても怖くて。ヒーローへの無垢な憧れや、平和な世界での平和な日常が惜しく感じてしまって。



『__これがお前の仕事だ。分かったか?』
『はい、大体は……でも何でそんなこと、私が』
『決まってるだろ、お前は正面きってヒーローと戦えないからだ』



先日の事務的な会話が頭をよぎる。法に触れないなんて嘘じゃないか。私がそんな大それたことをしでかしたそのときは、やはり犯罪者の子孫には犯罪者の血が流れているのだと罵倒されてしまう。「あの凶悪な敵の娘だ」「犯罪者の一族め」と。だから、親が犯罪者でも子供はそうじゃないということを、密かに証明したいと願っているのかもしれない。


何より、きっと、バレてしまうことを恐れている。




卒業アルバムを開いてこれからのことを思案した。リーダーがここまで手助けをしてくれたのは、元・仲間の娘……すなわち事実上の敵仲間であるということと、裏切りの可能性が限りなく低いことだろうと思う。

私にとって彼は、思春期の面倒な時期も世話を焼いてくれた、父や母のような存在だ。それ以前だって両親はまともに私との関わりを持っていなかったし、根本的に、親は親でなかった。


だから彼を裏切ることは私には出来ないのだ。例え私が望んで敵になったわけでなくとも、彼に対する恩義と過ごした時間を考えれば、裏切りなんてことは出来ない。


私の個性は大して使えないが、女であるというだけで、彼にとって使える存在だったのだろうと思う。極端な話、男相手ならいくらでもやりようはあるから。それにあの組織は、母が捕まってからというもの、むさ苦しい男ばかりだし。母が"紅一点"に相応しい人だったかは別として。


私は私なりに、彼の言う通りやってきたつもりだ。犯罪は犯したくない、なんて無理なワガママだって聞いていてくれた。けれど彼も私も、いつまでもこんな状態が続くとは思っていなかったはずなのだ。だからこそ彼は業を煮やしたのではないか。そして私も、そんな彼から離れようと思ったのではないか。



エレベーターに乗って1階におりると、ホテルのロビーは閑散としていた。いくらロビーでもなかなか賑わうなんてことはない。フロントのホテルマンが小さく欠伸をするのを、私は見逃さなかった。

ホテルとは言え小さなビジネスホテルに過ぎない。いくら居酒屋で働かせてもらっていても、金銭的な問題は大きい。



「本当に、どうしよう」



昨日の夜中、着替えや思い出の品など持てるだけの荷物を持ってあの家を出た。そして2つほど隣の駅付近にあるホテルに泊まっている。もう敵として生きていちゃいけないと思ったから。決別しなきゃいけないと思ったから。

これは裏切りかもしれない。彼らはどう思っているだろうか。ただの家出だと考えるか、もしかしたらじきに殺しにくるかもしれない。

私が裏切ったとすれば、長年共に過ごしてきたとしても生かしておく必要はない。命を奪うなんて彼らにとっては簡単だ。




居酒屋はやめた。あの夫婦には良くしてもらったし、常連さんからも抗議されたが、少なくとも続けるわけにはいかない。

連絡先はほとんど消した。組織のメンバーは当然だし、公式アカウントも消した。唯一残っているのは高校の友人・ユキちゃんとミオちゃん、ウラビティ、そして轟くんの4人だけ。たったの4人。たったの。

最初の2人はともかく、後半の2人は比較的話す方だった。どちらもまめに送ってくれるので、毎日の楽しみとなっていた。轟くんは時々下手くそな写真を送ってくる。それは食べ物だったり、景色だったり色々だけど、毎回「なにそれ?」と聞くのが当たり前になっていた。


コンビニに寄ってジュースを買った。期間限定のフレーバー。ウラビティが美味しそうだと言っていたのを思い出したから。私は少し苦手な味だった。でも慣れると美味しく感じてくる。不思議と。


「……水無月?何でこんな所に」
「……と、とどろンンッ」
「わりぃ、家の近くじゃバレたくねぇんだ」


私の口を塞いで、帽子を目深に被った轟くん。何で轟くんが、と思ったが、そう言えば彼が言っていた家もこの駅付近だった。もっともっと遠い所にすれば良かった、今更後悔したって遅いが。


落ち着いた頃、轟くんは改めて「何でここに居るんだ?」と聞いてきた。私はどうも答えづらくて、「身内と酷い喧嘩しちゃって……」「ちょっと用事があって……」「たまにはこっちの方来るのもいいかなぁって!」など、言い訳が二転三転した。近くのホテルに泊まってる、とそれだけ本当のことを言った。まさか事実上の家出だなんて言えまい。



「……とりあえず、俺の家来るか?」


荷物も持ってきたらいいだろと、彼は頷いて私の手を引いていった。








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