幸運は勇敢な者を好む。

□それはまるで幻想のようで。
1ページ/1ページ








鳥のさえずりで目が覚める、なんてディスニープリンセスのような朝を迎えた。私が使っていたものとは違う、やけに柔らかく気持ちのいいベッド。ここはどこだっけ、ホテルじゃないし……。


「あっ!」


そうだ、ここ、あぁもう、なんでこんなことに……。
頭を抱えて悶絶しても、現実は変わらなかった。昨日の全てを後悔してもしきれない。




言われるがまま辿り着いたマンションは、いわゆる高級住宅というやつで、セキュリティなども万全だった。監視カメラにオートロック……そもそもエントランスの時点でロックがあって、住民の許可なく中には入れない仕様。

轟くんはそんなセキュリティに対し、「実家は日本家屋でほぼ防犯対策はなかった。こんなもん要らねぇ」と一蹴。そりゃあご実家はエンデヴァーが居るから誰も来ないだろう。

しかし、現代のヒーローだからこそセキュリティは大切だ。いつ寝首を搔かれるか分からないもの。



「一人暮らしだから俺しか居ねぇ」
「そうなんだ……お邪魔します……」



成り行きとはいえ、彼の家に足を踏み込むなんて、大丈夫だろうか。長居するつもりはないが恐ろしい。


「広い家だね」
「おかげで持て余してる。水無月が使ってくれるとありがてぇな」
「え?」


どういうこと、と言ったが、彼はキッチンに向かっていたせいで聞こえていないようだった。このままだと大変なことになってしまう。


「知り合いから貰ったんだ。美味いらしい、飲んでくれ」


差し出されたリンゴジュース。轟くんの導きに抗えずソファーに座り込んだ。なんてふかふかなソファー……ずっとここに居たい……。

轟くんはその間、私のキャリーケースをどこかに運んでいたらしい。戻ってきてから「水無月の部屋は右奥だ」と言った。


「部屋!?」
「あぁ。そこまで広くはねぇが、それなりにちゃんとしてる」
「そうじゃない、部屋なんていらないよ。すぐに帰る、から」
「帰る家を出て来たのにか?」
「そうだけど……轟くんに迷惑かけれないし!」
「迷惑だとは微塵も思ってねぇ」



この押し問答はしばらく続いた。一刻も早く轟くんから離れたいと思ったし、彼とここで過ごすなんてとても無理だ。心も、体も、心臓も、全てがもたない。あのときコンビニになんか行くべきじゃなかった。


「俺は水無月の力になりてぇ。水無月が出ていきたいと思えば出ていってもいい、だから、それまで居てくれないか」




結局私は、その言葉で折れてしまって、こうして轟くんの家にお泊まりをしてしまったわけだ。

どうしよう。轟くんが私に手を出すことは絶対に有り得ないとしても、ここに2人で居るなんてダメだろう。早々に切り上げる必要がある。


「……頭痛いなぁ」


轟くんの家に来たのは覚えていても、昨晩の記憶がなかった。ここに閉じこもるわけにもいかないし、ひとまず外に出よう。


リビングはどこだ?とうろうろして、やがて大きなテレビとふかふかソファーのある空間に着いた。轟くんは居ない。カーテンは空きっぱなし、昨日使ってのであろうコップも置いたまま。

彼はいつもこうなのだろうか。確かに一人暮らしだったら、そんなに気を使うこともないだろうけど。


お水だけ貰おうと思い、勝手ながら冷蔵庫を開けた。中にはあまり物がなくて、毎日どうやって生きてるんだ!?と疑いたくなる。

冷蔵庫には牛乳やコーヒーなどの飲み物と、お漬物が少し、それから梅干し、チーズやお肉など。バターやケチャップなどもあるが、使われていなさそう。消費期限、大丈夫?冷凍庫にたこ焼きとお魚が少し。野菜室には切ってないネギ。とにかくネギ。棚を開けてみたら乾麺のそばが沢山あった。うどんとラーメンは1つ2つほど。

そういえば以前テレビで、そば好きヒーロー・ショートがそば食べ歩き!とか何とかってスペシャル番組があった。意外と食リポが上手かった記憶がある。


「そばしか食べてない説あるなぁ」


よし、と頷いて袖をまくり、どこにあるか分からない料理道具を探した。





「水無月……?」
「轟くん、お、おはよう」
「あぁ……」


ラフなTシャツ姿で現れた轟くん。眠たげに目をこすっていたが、もうお昼近い。こんな時間まで寝ていて大丈夫なのかな。今日は休みなのかも。


「起きてすぐだけど、何か食べれそう、かな?」
「腹は減ってる。そういや、いい匂いするな」


轟くんはキッチンにやってきて、私の手元を覗き込んだ。ちょうど轟くんも起きたし、お皿に盛ってテーブルに運ぼうと思っていたものだ。


「……魚か?」
「ムニエルだよ、居酒屋のおばさんに教えてもらったの」
「水無月が作ったのか?すごいな」


驚いたように言う轟くん。私だって少しくらい料理はできる。得意だってわけじゃないから味は自信ないけど、それでもおばさん直伝の料理はそれなりに美味しいはずだ、たぶん。


「轟くん、そばばっかり食べてるんじゃない?」
「よく分かったな。そば好きだから食っちまうんだ」
「やっぱり!だからね、お礼にって思って……色々勝手に使っちゃったんだけど」



轟くんは料理を運んでくれた。大したものはないけれど、美味そうだと彼は言ってくれた。いただきますと手を合わせ、そっと口に運ぶ。不味かったらごめんね。


「美味い……!なかなかこんなもん食わねぇから、いいな」


轟くんの箸はどんどん進む。ただ炊いただけの米ですら美味しいと言う始末だ。轟くん、そのお漬物は冷蔵庫にあったやつだよ、そんなに漬かった味の濃いものがすぐできるわけないでしょ、さすが水無月じゃないよ。


「こんな美味いもんが毎日食えたら幸せだな」







次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ