幸運は勇敢な者を好む。

□ショートの憂鬱と恍惚。
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仕事があるからと家を出た。普段は無言で出ていく俺だが、今日は見送りがあったので、少し照れくさい感じだ。


昨日、コンビニの近くで会ったのは本当に偶然だった。前の日からぶっ通しでやっていた仕事が終わり、サイドキック達から『ショートさん、仕事詰めすぎですよ!倒れられたら困ります!』と叱られたせいで早々の帰宅となった。俺としてはまだまだ行けたんだが。その帰りに歩いていたところ、水無月を見つけただけ。サイドキック達には感謝したい。


水無月は色々とあったようだった。その色々が何なのかは言及しなかったが、とにかく深刻な事情のようで。家に帰ることも気が引けるような事態らしく、俺は半ば無理やり彼女を自宅に誘ったのだった。


取って食おう、とはもちろん思ってない。自分で言うのもどうかと思うが、俺は硬派な人間だ。飯田ほど堅くなくとも、交際やら結婚やらは段階が必要だとは思う。

いや、根本的に考え方が違うな。水無月が俺にとってワンナイトラブでも構わない人間ならとっくにそうしている。水無月とはそんな薄っぺらな関係で居たくない。彼女をそんな風に扱いたくない。今まで女と体を重ねたことがないと言えば嘘になる。

だが俺の心を掻き乱して奪っていったのは、後にも先にも水無月だけだ。彼女のことが頭から離れない以上、他の女なんて眼中にない。



「ショート、何かいいことあったの?」
「なんでだ?」


突発性の敵を数名片付けた後のこと。たまたま現場が一緒になった緑谷……間違えた、"デク"にそう言われた(何年経ってもヒーローネームってのは慣れねぇな)。俺は辺りについた氷を溶かしながら返事をする。デクはデクで最後の敵を縛り付けながら続けた。


「だって、すごく嬉しそうな顔してるよ。前にもそんな顔してたけど……いつだったかな」


嬉しそうな顔……。確かに今は踊り出しそうな気分だ。昨日は高揚感に押し潰されてしまいそうなほどだった。


「確かにいいことあったな」



水無月が家に居る。それから朝飯を作ってくれた。あまりにも心地のいい朝で、俺は心が満たされ感情が溢れだしそうだった。俺の人生の全てが変わっていく。朝食のとき……『毎日食えたら幸せだ』と言ったときの水無月の顔は永遠に忘れないだろう。顔を真っ赤にさせて目を伏せる。決して俺の方を見ようとはしないし、何か言おうと口を開いては小さくうめいて固く閉じる……。

何度この手で抱きしめたいと思ったか。だががっつくのは紳士的じゃない。俺たちは昔みたいなガキとは違うんだ、仮にも大人としての振る舞いってもんがある。



「家で人が待ってるんだ」
「へぇ!一人暮らしに慣れちゃうと、やっぱり人肌が恋しいよね」
「あぁ……そうだな」


確かに、早く帰りてぇ。



家を出るとき、「夜は肉が食いたい」と言ったら、困ったように笑って「何か考えておくね」と言ってくれた。彼女が大変な立場なのであろうことは分かってるつもりだ。だが水無月はあまり頼みを断れない性格で、いわゆるお人好し。だから少なくとも今日帰って彼女が居なくなってるということはないはずだ。

ずるいやり方かもしれない。だけどそうでなければ水無月はどこかへ行ってしまう気がして。どうしても彼女を手放したくなかった。


病んでいるだろうか。それとも当然の感情だろうか。俺にとっては仕方の無いことだと思いたい。中学のときから恋焦がれ喉から手が出るほど求めていた女性に、やっと会えたのだから。


「ありがとうございます、ヒーロー・デク、ショート」
「お互い様ですよ。あとはお願いしますね!」


警察に敵の身柄を引き渡し、俺たちはそのままパトロールに向かった。デクは基本的に愛想がいいが、俺は表情筋がガチガチで、なかなか笑顔は出せない。まぁ爆豪に比べればマシだろう。


子供が元気に手を振ってくれる。無邪気な笑顔は、やはり俺のやる気を引き出してくれて、こういうときほどヒーローとしての実感が湧くものだ。


「ショート、お昼一緒に食べに行かない?他にも人は居るんだけど……」
「あぁ、たまにはいいな。行く」



水無月はどうしているだろう。俺は自炊が得意じゃないから、冷蔵庫のものは使えるのなら使ってほしい。食器を増やした方がいいだろうか、有り合わせのものじゃなく、ちゃんと水無月のものを用意したい。

気が早すぎるな、ダメだ。あくまで水無月は"一時的に"過ごしているにすぎない。食器を用意するなんて、それこそがっつきすぎている。



「恋愛って、難しいな」
「は?」










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