幸運は勇敢な者を好む。
□一世一代の告白。
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およそ1週間が経っても、私は轟くんの家に住み着いていた。最初に考えてたことと違う。想像以上に住み心地が良いし、思ったほど緊張しないで過ごせている。純粋にルームシェアとかみたいな。
いや、でもそろそろ轟くんも迷惑に思ってきているはずだ。何か考えないと。いつまでも誰かに甘えてないで自立して……。
「甘え?それを言ったら、俺は水無月にメシ作ってもらったり家事もしてもらってるし、お互い様なんじゃねぇか?」
「でも……」
「俺が居てほしいんだ、気にすんな」
轟くんにお世話になった以上、無言で出ていくわけにもいかないだろうと思い、前もって話そうとしたのが間違いだった。どうせ出ていくのなら手紙でも置いていけばいい。直接話せば引き留められるかもしれないとは想像できたはずなのに。
「勝手な話だが、水無月がいなくなったら、俺としては結構ツラい」
「……じゃあ、まだ、います」
こうやって丸め込まれてしまう。家政婦みたいな生活も楽しいと思ってしまっているからだ。……家政婦かぁ。
「轟くん、その煮物どうかな、味とか」
「好きな味付けだ。ちょっと甘い感じがいい。……今度作るときは、大根があると嬉しい」
「大根!忘れてた……ごめんね」
大根の煮物、私も好きなんだけどなぁ。何で忘れちゃったんだっけ……そうだ、ちょっと値上がりしてたからだ。大根を買うっていうのは覚えてたけど、高くてやめちゃって……そのときは大根を煮物に使うってこと、忘れてたから……。
「次は絶対入れるから!」
この生活にはいずれ終わりが来るのに、ぼんやりと「今度は」「次は」と先があると錯覚させる。明日には続きが見えなくなるかもしれないのに。
だから出来るだけここに居たいと思い、当たり前に感じてしまっている。
明日は何にしよう。そういえばそばを作っていない。轟くんはそばが大好きだというから、こんなにそばを食べていなかったら精神不安定になったりしないだろうか。夜に食べるなら温かいそばがいいかなぁ。でも轟くんって温かいそばは好きじゃないって言ってたような気がする。
あれこれ考え事をしていたら、スマホがけたたましく鳴り響いた。近くに居た轟くんがびくりと肩を震わせていた。申し訳ない。
電話のようだった。誰からかは分からない。だけど通話ボタンを押してしまった。もしかしたら知り合いかもしれない、もしかしたら間違い電話かもしれない。だから出ても損は無い、はず。
「はい、もしもし」
『水無月さんですか?』
「そうですが……」
『良かった!1つだけよろしいですか?』
名乗ることもせずに、電話口の女性は話を進めていった。聞いたことのない声だ。どちらさまだろう、もし知り合いだったらどうしようか。どんどん話が膨らんでいってついていけなくなったりして。そうなる前に切ろう。
『"仕事"の件を忘れたとは言わせない』
「え」
問答無用で切られた電話。何度かけなおしても繋がらず、呆然と、私だけが取り残されていた。知らぬ女の人から脅しまがいの電話をされる覚えはない。仕事を頼まれたことすらない。
考えられるのは、リーダー。彼は男性だが、個性で声を変えていた可能性もある。しかしあの組織に"変声"のような個性は居なかった。当然リーダーも違う。
だけどあれはリーダーだという確信しかなかった。私の居場所だって知っているに違いない。1週間経って電話してくるなんて、どういうつもりなの。あの日言っていた仕事をすればいいの?
「どうした?」
「あ……ううん、何でもない!間違い電話みたい!」
どうしたらいいんだろう。無視して生活するか、あの家に戻るか。今更戻るなんてとても無理だ、恐ろしい。だけど何かあったらどうしよう。友人に危害を加えるなんてことになったら?もしかすると轟くんにだって迷惑をかけてしまうかもしれない。そうなるくらいならここを出ていくべきだ。
それとも、正直に私は敵なのだと言ってしまう?今まで必死に隠してきたものを、全てさらけ出してしまう……?
「ねぇ轟くん」
「なんだ?」
「……もしも、私が実は敵だったら、どうする?」
言おうかと思った。彼に隠し事するなんて、もう嫌で。捕まってもいいから話そうと思った。だけどやっぱり出来なかった。私を見る目が変わって、彼は皆を守るヒーローになる。私は皆に害なす敵になる。その瞬間が怖い。
だから、冗談を装って聞いてみたら、後でいくらでも言い訳のしようがあると思って逃げた。
「ヒーローとして捕まえる。誰であっても、敵は敵だからな」
だけど、と彼は続ける。
「"俺個人"としては、水無月を守る方を選ぶ。好きな女すら守れないヒーローなんか願い下げだ」
「えっ……」
開いた口が塞がらない私と、何でもない顔の轟くん。静まり返った室内で、時間は刻一刻と過ぎていった。