幸運は勇敢な者を好む。

□ただそれだけのこと。
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両親が逮捕されたとき、どんな悩みも相談できた友人に打ち明けた。今まで精一杯隠して通してきたことを、わざわざ表に出すのは愚の骨頂かもしれなかったが、その友人だけは大丈夫だと思っていた。とにかく誰かに話したかったのだ。自分の親が犯罪者だと突きつけられてしまった苦しみや、嫌悪を。

こんなことを話される相手だって迷惑極まりないことだろう。私の自己中心的な行動に過ぎないわけだし。


その子は曖昧な言葉で濁して、だけど「誰にも言わない」とだけはっきり返してくれた。もちろんそれは嘘だったわけだが。


以前述べたように、いじめは数日でぴたりとおさまった。しかしその数日で私に染み付いた負の感情はいつまでも留まっていた。どれだけ仲良くなってもそんなこと言うもんじゃない。少し考えれば分かるけど、そのとき学んだのは、その一点だった。


だから轟くんにだって話していない。そもそも彼はヒーローなのだからバレてしまったらどうなることかと恐れていたのに。


「どこで、知ったの……」



なんのこと?とでも聞き返せば良かったのに、私の口からは正直な疑問を述べる掠れた声しか出なかった。


「それは……」


轟くんは言い淀んで、視線を巡らせた。私の中で彼は、思ったことを口に出してしまうようなデリカシーのない人、というイメージが少なからずあったから、こうやってためらう様子は初めて見た。全身の冷たさも忘れて、私は彼の言葉を待つ。


「水無月が、初めて俺の家に来た日の、夜。酔ったお前が、泣きながら話してくれた」



あの日の記憶はなかった。次の日にずきずき頭が痛んでいたから、二日酔いかもしれないとは思った。誰かの家に来て二日酔いなんて情けなく恥ずかしいことだから、出来るだけ話題に出さないようにもした。

もしそのとき、何か盛大にやらかしていたらどうしようとも思ったけれど、轟くんは特別変わった様子もなかったし、だから私も安心できたのだけれど。


私は何も言えなかった。むしろこの状況で何を言ったらいい?自白しておいて弁解などできない。彼だってヒーローだ。私の言うことが本当なのかどうか、きっと調べているはずだ。そして信ぴょう性があると分かっているはずだ。ヒーローの情報網はとてつもない。


この1週間、彼はどんな気持ちで過ごしていたのだろう。敵との生活なんて、どうして出来たのだろう。


「早く言ってよ。私、轟くんに知られたくなくて、必死だったのに……」


こんなにも楽しく幸福感で満ちた毎日が無くなるのかと思うと、それこそ泣けてくる。彼の好意に甘えるんじゃなかった。


辺りは静寂に包まれた。人間どころか猫も虫も存在を消して、本当に2人だけの空間になった。私は氷の寒さで歯を軽くカチッと鳴らしてしまって、轟くんが慌てたように炎熱を出す。

べちゃべちゃの服は、やっぱり体育祭で彼らと会った日のことを思い出させた。


「泣くな、水無月。俺は別にお前を捕まえたりしねぇ」
「だけどヒーローでしょ。ヒーローは敵を倒すための存在で……」
「水無月は敵じゃない」


それは主観でも何でもなく、事実だと、彼は言った。意味が分からなくて瞬きを何度もした。その間も涙は流れていったけど、気にする余裕はない。


「とりあえず戻ろう。話はそれからだ」


有無を言わさずに手を引かれ、結局私は彼の家に舞い戻った。帰ってからしばらく、彼のひんやりとした右手がずっと目元に触れていて、落ち着かない。冷やさないと腫れる、と言う彼から下心だとかは一切感じられなくて、純粋な気遣いなのだと思った。


「結論から言うと、水無月は敵そのものじゃなく、敵予備軍、ってやつだ」


轟くんはおもむろに話し始めた。

これは調べたことなんだが……水無月は親が敵なんだよな。だからずっとそういう組織に居た。お前のとこのリーダー格は筋金入りの犯罪者だったが、お前はチンピラみたいなささいなことしかしてないだろ(仮にも女に対してチンピラ、はないと思う)。
水無月が敵として生きることになったのは仕方のないことだし、罪に問われるほどのことだってしてない。ただしこれから本格的に敵化するかもしれない。

だから、敵予備軍。


「言葉にしちまえばなんてことはねぇ。ただそれだけのことなんだ」


確かに、笑っちゃうほど「それだけ?」と言いたくなるような呆気ないことだった。今まで悩んできたことも、無駄だったのかな。


「たぶん、色々思うことはあっただろうが……気にする必要は、ねぇんだ」


笑ってくれようとしたのか、轟くんはぎこちない笑みを浮かべていた。私はその顔が面白くて思わず笑う。そうしたらちょっとだけムッとしてしまった。










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