幸運は勇敢な者を好む。

□現実を見ろ。
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なんて言ったらいいのか、わからない。私は正確には敵ではなくて、だけど一般人としての域は超えている。ヒーローに敵の脅威から守ってもらう立場ではないし、追われることもない。けれど今までの習慣として体に染み付いたものは取れないのだ。

ヒーローという言葉に反応してしまったり、目で追いすぎてもしまったり。私自身がどうこうしたわけではないけど。そういうことって結構あるんじゃないかな。パトカーを見掛けたらドキッとしたりするんじゃないだろうか。そんな感じ。


「お会計、1520円です」


こうしてレジを打ってくれた店員さんだって、敵と住んでいた人間が客に居るなんて思っちゃいないだろう。大概の人はそんなこと考えないはずだ。それなのに、自意識過剰すぎて、不安になる。


私はずっと隠してきたつもりだったのに、実は知っていた人物がいた。きっと知っているのは轟くんだけではない。敵予備軍だとかどうとか、そんな話が出るくらいなんだから、彼一人によって結論が導かれるわけないし。

そう思うと、タバコを買ったあの人や、買い忘れを思い出して走る人、私の後ろに並んでいる人すら知っているんじゃないかと想像してしまって。何でもない顔をしていても心では……なんて、考えてしまう。心が読める個性なんてものがあればともかく、普通の人は知るはずないのに。


おつりを貰って買ったものを袋につめた。今日は轟くんは休みらしいが、どこかへ出掛けてしまった。彼は休みを休みとして使わない節がある。以前、荷物をもって出かけたと思えば、ヒーローとして町中を歩いていたり。休みだからヒーローとして居なくていいのに。彼を掻き立てるのは責任感か、正義感か、義務感か、いいや、それら全てだろう。きっと彼は根っからのヒーローで、思わず動いてしまうような人で、本当は感情的なのかもしれない。


轟くんに知られたからと言って、何か不都合があるわけでも、何か好転したわけでもなかった。今まで通り、しかしどこか安心できるような……ただそれだけ。変わりたいと思う反面、変わるのが怖いとも思う。


「あれ、轟くん、帰ってたんだ。おかえり」
「あぁ、水無月……これから出掛けるぞ」


リビングのソファに座っていた轟くんは、買ってきたものを無造作に詰めて、私を外に連れ出した。そして彼の車に乗り込む。


「なに、どこいくの!?」
「刑務所だ」
「け……」
「いや、ちげぇ、刑務所だが、捕まえるとかじゃなくて……面会だ」
「面会って」


誰の、と聞く前に車が走り出した。面会なんてする必要もない。


「違うよね、面会なんて嘘でしょ?」
「俺は嘘はつかない」


なにそれ、私への当てつけか何か?こっちだって嘘をつきたかったわけじゃないのに。なんなの、余計なことしないでよ。誰も頼んでないでしょ。


「やだ、行きたくない、"あの人たち"でしょう、どうせ!私は別に会いたくない、お願いだから戻って」


轟くんは脇道に車を停めた。戻るのかと安心したのも束の間。彼の目はとても安心できるようなものじゃなかった。冷たすぎて凍ってしまうような。


「逃げるつもりか」
「逃げる、って」
「そうやって避けてばかりいるから、ずっと負い目を感じて生きてくことになるんじゃねぇのか」


なにが。なにが分かるというのか。轟くんには理解できるはずがない。望んでヒーローになった彼とは根本的に何もかも違っている。私の苦しみも、私の悲しみも、知らないくせに。


今すぐ車から下りて、そこらで野垂れ死んでやろうと思った。それで彼が少しでも悔やんだりすれば面白いと。だけどそれじゃあ言い返す言葉もなく、負けを認めただけみたいだ。野垂れ死んでも車にひかれて死んでも私の負け。そんなの嫌だ。


「いいよ、じゃあ。会えばいいんでしょ……何かあったら轟くんのせいだからね」


最初で最後の面会。きっと彼らは、私の顔すら分からない。幼いときから食卓を囲むことすら滅多になかったのに、家族の情なんてありはしない。


轟くんは心なしか優しげな表情になって、車を発進させた。

車内を包む音楽はジャズやクラシックなど、私があまり聴かないようなものばかり。私は普段、ドラマで話題になったものを聴いたりするような、いわゆるミーハーだが、轟くんは逆に疎そうだ。こういうオシャレな曲の方が似合う。


それからはどれくらい走ったか分からない。とにかく長かった。途中、轟くんのカーナビの使い方があまりにも下手で、代わりに私が操作する羽目になったりした。

そうして着いた刑務所は、想像よりも寂れて古ぼけた建物だった。極悪人が収監されるというタルタロスはそれはもう厳重な警備だそうだが、ここはそこまでではない。当然、脱獄は容易ではないものの、やはり程度の低さは見受けられる。


「大丈夫か」


轟くんがそう聞いてきた。どの口が言っているんだ!と言ってやりたかったが、とてもそんな言葉は出ず、ただ頷くだけだった。








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